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March 31, 2012

東日本大震災についての各紙社説

 3月12日の各紙に東日本大震災についての社説が載った。見出しを列挙する。

 ・産経新聞: 震災2年目に 「国民皆」で乗り越えよう
 ・読売新聞: 3・11の誓い 日本人の国民性が試される
 ・毎日新聞: 震災1年・世界と日本 手を差し伸べる国家に
 ・朝日新聞: 政治の立て直し―信なくば、復興は進まず

 心臓の病をおして追悼式に出席された陛下のお言葉を書いたのは産経と読売。無視したのは毎日と朝日だ。スタンスがよくわかる。

 「東京都内で開かれた政府主催の追悼式典には、先月、心臓の手術を受けて療養中の天皇陛下が出席された」(産経)
 「国民皆が被災者に心を寄せ、被災地の状況が改善されていくようたゆみなく努力を続けていくよう期待しています」(産経)

 「陛下は、被災地の支援活動や原発事故対応に尽力してきた人々の労をねぎらい、救助隊の派遣など世界各地から寄せられた厚情に感謝の意を表された」(読売)
 「『大震災の記憶を忘れることなく、子孫に伝え、防災に対する心がけを育み、安全な国土を目指して進んでいくことが大切』というおことばに、だれもが共通の思いを抱いたことだろう」(読売)

 わしは当日、陛下のお言葉をテレビ中継で拝聴した。その後、野田の挨拶があったのだが、テレビのアナウンサーが野田そっちのけで陛下のお言葉について伝えていたのがよかった。野田や民主党は口先だけであることがもう皆がわかっているからだろう。

 「野田佳彦首相は式辞で、『被災地復興を一日も早く成し遂げる』『震災の教訓を未来に伝える』『助け合いと感謝の心を忘れない』-の3点を約束した。2年目に入って、言葉だけでなく確実に実行してもらいたい」(産経)

 野田、民主党に対する痛烈な皮肉だ。政府・民主党のこの1年の動きを見ても言葉だけであることがわかる。

 「政府には126の国・地域・機関から175億円の寄付金が寄せられた。日本赤十字社への海外救援金も575億円にのぼる」(読売)

 別に書く積りだが、世界で最も多額の寄付をしてくれた台湾の代表を式典で無視したのが民主党である。人として許せない。

 「震災から得た教訓や知見を世界に発信し、大規模災害への対応策や原発事故防止に役立てることは日本の歴史的使命である」(読売)

 震災時の対応について議事録を作成していなかったのは民主党である。責任逃れのためであろう。議事録どころか録音を許す雰囲気ではなかったという。更に原発事故についての情報隠蔽も既に明らかになっている。国民を無視した密室政治である。

 毎日新聞の主張は変わっている。

 「原発事故は国境を超えて放射能を拡散させる。また、一つの国で大きな事故や災害が起きれば、世界の経済は一時的にせよマヒしかねない。日本の震災しかり、タイの洪水しかりである。危機を一国の中に封じ込めることはむずかしい」(毎日)
 「ならば、私たちがすべきことはまず、自然災害や貧困に苦しむ途上国への支援のネットワークをこれまで以上に厚くし、不条理な死を少しでも少なくすること、国づくりの手助けをすることだろう」(毎日)
 「そのためにも、政府開発援助(ODA)に「国家予算の1%」という目標を掲げてはどうだろう。現在のODAは5612億円(12年度予算案)で、ピーク時の半分だ。これを予算の1%(約9000億円)ぐらいに増やすのである」(毎日)

 発展途上国へのODAよりも、被災者の保護や被災地の復興が最優先であろうに。ODAを中断して被災地の復興に充ててもいいのではないか。更に言うと、ODAを止めてもいい。ODAが発展途上国の自助努力を阻害し、貧困から抜け出すことができないでいる、とも言える。

 「未経験の複合災害に、完璧な対応は難しかったろう。とはいえ、発生直後の首相官邸の混乱ぶりは、政府の危機対応のお粗末さを露呈していた」(朝日)
 「民主党の過度の官僚排除で、政と官の信頼関係が崩れていたことも事態をこじれさせた」(朝日)

 そのような民主党を後押しして世論を誘導し、政権交代に向かわせたのが朝日新聞である。民主党の言うところの「政治主導」は実は朝日の言う通り「過度の官僚排除」であった。官僚を使いこなすのが政治家の役目だが、それが全くできず、対応を圧倒的に遅らせた。

 「多くの国民が記憶に刻んだのは、6月の菅内閣不信任決議案の騒動だろう」(朝日)

 これは菅の存在が状況を悪化させていたからではないか。野党が菅内閣不信任決議案を出したのは当然である。朝日新聞は菅・民主党の問題を野党に転嫁している。

 「まずは、政官の協力関係を立て直そう。その前提として、官僚が省益の壁を超えて仕事をするための公務員制度の抜本改革も急がねばならない」

 前者は簡単だ。民主党が下野すればいい。後者は自治労を支持母体としている民主党では不可能だし、そもそも明治以来の「既得権益」体制を崩すのは一朝一夕にはできない。朝日の言う事は実現性に乏しい。

 「政治主導を実現するには、国会議員の政策機能の強化が欠かせない。その第一歩として、政党は霞が関にひけをとらないシンクタンクを持つことだ。その知恵、アイデアで閣僚や政務三役らを支えるのだ」(朝日)
 「原発事故後に、あわてて内閣官房参与を任命する泥縄式ではだめだ。欧州諸国のように、科学的な専門知識を評価し、議員に助言する国会専属の第三者機関も設けよう」(朝日)

 これ以上政府を肥大化させてどうするのか。優秀な官僚を使いこなせば済む話である。民主党の政治家が馬鹿なだけではないか。

 「こんな足元の改革をせずに、首相公選制や一院制など実現性も効果も怪しい方策を軽々しく持ち出す議員がいるから、ますます政治が信頼されない」(朝日)

 朝日こそ「公務員制度の抜本改革」を急ぐよう主張しているが、効果はともかく実現性の怪しい方策を軽々しく持ち出しているではないか。

 各紙社説を引用する。


 産経新聞:

 3月11日午後2時46分。日本人の多くは、「あの日、あの時」を思い浮かべ、頭を垂れたのではないだろうか。

 東日本大震災から1年を迎えて各地で開催された追悼式典では、黙祷(もくとう)や献花が行われ、2万人近い死者・行方不明者の鎮魂を祈った。ニューヨークやローマ、サンパウロなどでも追悼の輪は広がった。

 東京都内で開かれた政府主催の追悼式典には、先月、心臓の手術を受けて療養中の天皇陛下が出席された。

 「国民皆が被災者に心を寄せ、被災地の状況が改善されていくようたゆみなく努力を続けていくよう期待しています」

 はりのある声でのおことばが流れ、国民は勇気付けられた。

 天皇陛下は震災の後、皇后さまとともに岩手、宮城、福島各県の被災地などを訪問された。ハードな日程だったが、両陛下は両ひざをついて一人一人に「少し休めましたか」「ご家族は大丈夫ですか」などと声をかけられた。

 また、お住まいの皇居・御所で1日数時間、明かりや暖房など電気を一切使わない「自主停電」も続けられた。国民と辛苦をともにしたいとのお心である。

 こうした励ましが、復興に立ち上がる人々にどれほどの力となったことだろう。菅直人前民主党政権の迷走と失政が指摘される中、国民一丸となって復旧、復興に取り組む原動力になった。

 野田佳彦首相は式辞で、「被災地復興を一日も早く成し遂げる」「震災の教訓を未来に伝える」「助け合いと感謝の心を忘れない」-の3点を約束した。2年目に入って、言葉だけでなく確実に実行してもらいたい。

 被災3県の遺族代表の言葉も、心を打つものだった。最愛の妻や夫、孫などを失ったつらさ、悲しみは涙なしに聞くことができない。福島県代表の中学生、村岡美空さんは消防団員として活動中に亡くなった父をしのびながら、「将来は少しでも人の役に立つ仕事をしたい」と健気(けなげ)に語った。

 日本人はすばらしい。塗炭の苦しみをなめながらも、手を差し伸べてくれた人たちの善意を決して忘れず、いつかお返ししたいという気持ちを持っている。

 この「思いやりの心」「公の心」さえあれば、復興は不可能でない。課題は多いが、「国民皆」の力で乗り越えよう。


 読売新聞:

 日本中が哀悼の祈りに包まれた1日だった。

 東京での政府主催の追悼式には、先月、心臓手術を受けたばかりの天皇陛下が出席された。

 陛下は、被災地の支援活動や原発事故対応に尽力してきた人々の労をねぎらい、救助隊の派遣など世界各地から寄せられた厚情に感謝の意を表された。

 「大震災の記憶を忘れることなく、子孫に伝え、防災に対する心がけを育み、安全な国土を目指して進んでいくことが大切」というおことばに、だれもが共通の思いを抱いたことだろう。

 野田首相も、一日も早い復興など「三つの誓い」を立てる中で、海外からの支援に言及し、「恩返しするためにも、国際社会への積極的な貢献に努めていかなければならない」と述べた。

 震災直後、世界各国から続々と救援隊が到着、被災地に入った。米軍と自衛隊による「トモダチ作戦」は、行方不明者の捜索やがれき除去などに成果を上げた。

 政府には126の国・地域・機関から175億円の寄付金が寄せられた。日本赤十字社への海外救援金も575億円にのぼる。

 震災から得た教訓や知見を世界に発信し、大規模災害への対応策や原発事故防止に役立てることは日本の歴史的使命である。

 政府は今夏、東北で「大規模自然災害に関するハイレベル国際会議」を開催する計画だ。

 東日本大震災や、世界各地で起きた大規模災害の経験を共有し、防災・減災のほか、緊急時の対応策、復旧・復興などのテーマで議論を交わす。

 その成果を日本が招致する意向を表明している2015年の国連防災世界会議につなげる構想だ。世界との連携を強化する意義は大きい。ぜひ実現させたい。

 野田首相が記者会見で、本格的な復興の妨げとなっている被災地のがれき処理について、「国は一歩も二歩も前に出ていかないといけない」と積極的に取り組む姿勢を打ち出したのは当然だ。

 その上で、首相は「日本人の国民性が再び試されている」として、自治体や民間企業に、がれきの広域処理への協力を強く要請する方針を表明した。

 引き受け自治体が、東京都のほか2県の一部自治体にとどまっているのは極めて問題である。

 震災後の混乱の中、被災者たちの冷静な行動と忍耐強さが世界中を驚かせた。がれき処理の問題でも、日本人の結束力を、改めて海外に示すときではないか。


 毎日新聞:

 東日本大震災から1年がたった昨日、東北だけでなく全国で、震災の犠牲者を悼む行事があった。そして世界各地からも、改めて追悼のメッセージが届けられた。

 未曽有の悲劇だったが、あの日以降、国際社会が寄せてくれたさまざまな支援に私たちがどれほど助けられ、勇気づけられたことか。そのことを思い起こし、この相互依存の世界の中で日本がどう振る舞っていけばいいのかを、もう一度考えてみたい。なぜなら、私たちが体験した大震災は、世界が二つの意味でつながっていること、国際社会が抱える危機は一国だけの問題ではないことを教えてくれたからだ。

 ◇柱は「人間の安全保障」
 つながっていることの一つは、国境を超えた助け合いの絆だ。地震や津波といった自然災害は、いつどこを襲うかわからない。災害を人ごとだと考えず、他国の苦難に積極的に支援の手を差し伸べるたくさんの国や人々がいるからこそ、被災国は立ち直ることができる。

 もう一つは、危機の連鎖である。原発事故は国境を超えて放射能を拡散させる。また、一つの国で大きな事故や災害が起きれば、世界の経済は一時的にせよマヒしかねない。日本の震災しかり、タイの洪水しかりである。危機を一国の中に封じ込めることはむずかしい。

 ならば、私たちがすべきことはまず、自然災害や貧困に苦しむ途上国への支援のネットワークをこれまで以上に厚くし、不条理な死を少しでも少なくすること、国づくりの手助けをすることだろう。

 助け合いの絆を考える時、私たちは日本という国の特殊性を頭に置いておきたい。日本は世界第3位の経済大国であり、世界一の長寿国家であり、暮らしの利便性では世界有数の豊かな国だ。一方で、火山列島に1億人が住む日本ほど、地震や津波などの自然災害のリスクにさらされている先進国はない。

 防災白書によれば、78年から02年までの25年間に自然災害で死亡した人の9割以上が途上国に集中する。災害が貧しい国にもたらす被害は甚大で、04年にハリケーンに襲われたカリブ海のグレナダの経済被害は国内総生産(GDP)の2倍、同年のインド洋大津波でのモルディブの被害額はGDPの60%を超えた。またある統計では、80年から00年までの自然災害の年間平均死者数で一番多いのは、エチオピアの1万4000人余りとされる。東日本大震災の死者数はこれを上回る。

 経済大国であり、かつ途上国と同様に自然災害の悲劇に見舞われる日本は、途上国の苦難をわがことと受けとめる感性と支援する能力を、先進国の中で最も持った国だと言えるのではないだろうか。

 東日本大震災では、年間750ドル(6万円)以下で暮らす最貧国のうち、25カ国から支援を受けた。感謝を胸に、私たちは今度はまた救う側の国として、世界で重きをなす国になりたい。「人間の安全保障」という考え方に血を通わせ、肉づけをする。それはあの震災の教訓を踏まえた日本だから可能な、共感される国家理念になるはずだ。

 そのためにも、政府開発援助(ODA)に「国家予算の1%」という目標を掲げてはどうだろう。現在のODAは5612億円(12年度予算案)で、ピーク時の半分だ。これを予算の1%(約9000億円)ぐらいに増やすのである。

 ◇ODAに予算の1%を
 ODAの「1%目標」は、途上国の貧困や格差解消の役に立つだけでなく、世界と日本の連帯を深め、友人を増やすだろう。

 災害は貧困を加速させ、貧困は地域紛争やテロなどの温床にもなる。その根を絶ち、途上国が少しでも豊かになるよう協力することは、回り回って世界が豊かになり、安定することにつながる。それは、エネルギー資源のない通商国家・日本にとって、すぐれて現実的な生存戦略、安全保障でもあるのだ。

 危機の連鎖への対応は、原発事故でも重要だ。事故の実態を世界に説明し、再び大事故を起こさないため努力することは、ヒロシマ、ナガサキに続きフクシマという放射能の悲劇を経験した日本の、国際社会に対する貢献にもなろう。

 今月下旬にはソウルで第2回の核安全保障サミットが開かれ、野田佳彦首相も出席するという。核サミットでは、テロを想定した原発の安全確保の問題が大きなテーマになる見通しだ。原発テロは予防の視点で議論されることが多いが、攻撃されたあとの被害を最小限にとどめ、どうやって施設の復旧を急ぐかも併せて議論する必要がある。

 日本は、原発事故の原因と対策だけでなく、事故のあと何が起きたのか、東京電力や政府の対応のどこに問題があったかも含め、可能な限り情報を公開し、広く海外の知見を求めるべきである。事故の情報伝達の遅れ、指揮命令系統の混乱、危機管理体制の不備も隠さず明らかにし、改善策について率直に議論する姿勢を示すことが必要だ。あれだけの大事故を起こした以上、失敗についても世界と教訓を共有することが、政府の責任ではないか。


 朝日新聞:

 震災発生から1年をへて、なお34万人が仮設住宅などでの暮らしを余儀なくされている。

 野田首相はきのうの追悼式で「被災地の苦難の日々に寄り添いながら、復興を通じた日本の再生という歴史的な使命を果たしていく」と誓った。

 だが、この1年、私たちが選んだ政治家の行動は、あまりにふがいなかった。

 未経験の複合災害に、完璧な対応は難しかったろう。とはいえ、発生直後の首相官邸の混乱ぶりは、政府の危機対応のお粗末さを露呈していた。

 民主党の過度の官僚排除で、政と官の信頼関係が崩れていたことも事態をこじれさせた。

 その後も政府の動きは鈍かった。本格復興の原資になる復興交付金を計上した第3次補正予算は昨年11月に、やっと成立した。その交付金の第1次配分を決めたのは今月の2日だ。

■非常時の対応できず

 片山善博前総務相は、この遅れを悔やむ。

 知事時代の鳥取県西部地震の経験から、政府がすぐに予算を積んで、自治体が復興計画をつくることが被災者の安心につながると信じていた。

 5月ごろから、復興債を出して本格補正予算を組むことを主張していた。だが、当時の野田財務相らは「償還財源を明確にするのが先だ」と拒んだ。

 片山氏は「戦争だったらどうするのか。増税するまで待てと相手に言うのか」と食い下がったが、菅首相も黙って目をつむっているだけだった。

 特別会計の取り崩しなどを求めた民主党議員もいた。

 だが「増税を先送りしたら、政治家は絶対に食い逃げする」という経験則のある財務省側との溝は埋まらなかった。

 非常時にも政治を信用できない官僚と、緊急対応に踏み切れない政治家たち。これが悲しい日本政治の現状といえる。

 結局、被災自治体の多くは復興計画づくりを延ばさざるをえなかった。

 今月の第1次配分で、仙台市の一部の宅地復旧に予算がついた。だが、この間の梅雨や台風の大雨で、崩落はさらに深刻化した。予算の遅れの実害だ。

■変わらぬ国会運営

 国会はどうだったか。

 賠償金仮払い法、二重ローン対策法。震災対応で、いくつもの議員立法が与野党の協調で成立した。初めて民間人を委員に据えた原発事故調査委員会も、国会に設けた。

 だが、多くの国民が記憶に刻んだのは、6月の菅内閣不信任決議案の騒動だろう。

 被災地の自民党衆院議員は、地元と永田町の落差にがくぜんとした。「視察に来て『たいへんだ、たいへんだ』と言った同僚議員の言葉は何だったのか」

 もしも、国会が岩手や宮城、福島にあったなら、被災者の前で同じことができたのか。

 その後も平常時のペースで審議を続けていることにも驚く。なぜ、夜間や休日にも委員会を開いて即断即決しないのか。

 平野復興相は、いまも現場訪問はほとんど週末だ。平日は国会審議に縛られるからだ。閣僚の委員会出席を重んじる旧態依然の国会運営を象徴している。

 今こそ、危機に対応できる政治、課題を解決する政治に生まれ変わらなければならない。

 まずは、政官の協力関係を立て直そう。その前提として、官僚が省益の壁を超えて仕事をするための公務員制度の抜本改革も急がねばならない。

■立法府の足元固めよ

 政治主導を実現するには、国会議員の政策機能の強化が欠かせない。その第一歩として、政党は霞が関にひけをとらないシンクタンクを持つことだ。その知恵、アイデアで閣僚や政務三役らを支えるのだ。

 原発事故後に、あわてて内閣官房参与を任命する泥縄式ではだめだ。欧州諸国のように、科学的な専門知識を評価し、議員に助言する国会専属の第三者機関も設けよう。

 次は国会の流儀の改革だ。

 「衆参ねじれ」で、野党が参院での法案への拒否権を持つに等しい状況下でも結論を出せる仕組みがいる。両院の議決が異なった時の両院協議会の運用の見直しなどは、すぐにできる。

 各委員会では、法案の問題点を議員同士で討論し、参考人の意見も踏まえて柔軟に修正する慣習を確立しよう。そんな文字通りの立法府になれば、議員を見る国民の目も変わる。

 こんな足元の改革をせずに、首相公選制や一院制など実現性も効果も怪しい方策を軽々しく持ち出す議員がいるから、ますます政治が信頼されない。

 がれきの広域処理が進まないことについて、首相はきのう「日本人の国民性が再び試されている」と語った。

 試されているのは、政治そのものだ。ここで政治が信頼を回復しなければ、真の復興は実現できない。

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