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November 10, 2011

ドラゴンクエストの25年

 産経新聞のページに、「ドラゴンクエストの25年」という記事があり、ゲームデザイナーの堀井雄二氏へのインタビューを載せている。もう25年も経つのか...。そういえば、今年の夏にわしの甥(高校生)が帰省してきたときに、ファミコン版のドラゴンクエストを見せたら、「(ファミコン版は)初めて見た」と驚いていた。

 わしは、ファミコンでDQ1~4を、スーパーファミコンでDQ5をクリアしている。DQ6はプレイしておらず(ゲームカセットは持っている)、プレイステーション版のDQ7は途中で止め、同DQ4は持っているだけ。

 また遊びたくなってきている。でも時間がかかるしなあ。

 で、記録のために記事を引用させてもらう。

 ↓ここから
 ■コンピューターに夢をかけて

 ゲームデザイナーという、あのころには聞き慣れなかった職業を、キラキラと輝かせたのは、この人だった。昭和61年に第1作が発売されたロールプレーイングゲーム(RPG)「ドラゴンクエスト」シリーズは、単なるヒット商品にとどまらず、社会現象を巻き起こし、たぶん日本人のエンターテインメントに対する感覚さえ変えた。「ドラゴンクエスト」生みの親に25年を振り返ってもらった。(文 篠原知存)

                   ◇

 --大学生だった私も夢中になった一人ですが、最初の「ドラゴンクエスト」は、ほんとうに新しいと思いました

 堀井 (家庭用ゲーム機の)ファミコンが普及し始めた時期ですが、ゲームセンターにあるゲームの移植版が多かった。家がゲーセンになる。それはそれで面白いんですが、お金を入れなくていいんだから「ゲームオーバー」のないゲームだって作れる、と思った。RPGの面白さも知ってもらいたくて始めたんです。

 --その「面白さ」とは

 堀井 いろいろあると思いますが、一番は何が起こるかわからないことでしょう。画面に文字が出て、それにこちらが反応することで、ストーリーが進んでいく。当時はそのインタラクティブ(双方向)性がすごく面白かった。ちょっとした夢を感じてもらえるかなと。僕自身、コンピューターに夢を持っていましたから。この箱に何ができるんだろうって。

 --インタラクティブという概念も一般化しましたが、当時はまだまだ…

 堀井 あ、でもね。ぼくが20歳ぐらいのとき、本の企画を頼まれたことがあって…。こすると文字が出る。どこをこするかで、展開が変わっていく。アルバイトでそんな本を作ったことがある。いま思えば、その延長線ですよね。

 --そういえばライターだったとお聞きしましたが、もともとは書く仕事を目指されていたんですか

 堀井 子供のころは漫画家になりたかったんです。『巨人の星』とか『あしたのジョー』とか『男一匹ガキ大将』とかに熱中しました。学生時代は漫画研究会に入って、自分でも描いてましたね。その先輩に編集者がいて、いろいろ仕事が来るようになったんですが、そのとき思ったのが、漫画描くより字のほうが楽だと(笑)。コラムも挿絵も描けたから、重宝がられて仕事はあったんです。このまま就職せずに食っていけると思って、フリーライターになっちゃった。

 --パソコンやゲームとかかわるきっかけは

 堀井 新聞で特集を読んだ。単純ですね。ハーレクインロマンス(女性向け娯楽小説)がコンピューターでプロットをつくっていると知って、そのころ漫画の原作もやっていましたから「すげえじゃん」と。わけもわからずにPC-6001というのを買った。プログラムすると動く。それだけで面白かった。

 --最初に制作したゲームは

 堀井 シューティングの…いや、占いを作りましたね。友達を占ってやるとかいって、そいつの性格を最初に入れちゃうんです。生年月日とか名前とか入力させて、パッと答えが出たら「すごい。きのう見た映画まで当たってる!」(笑)。

 --あはは。その感覚、ドラゴンクエストにも通じているような

 堀井 近いものがあると思います。ゲーム上でプレーヤーがやることを想定して、いろいろ考えるのが楽しいんですよ。散々捜し回ってやっと見つかる相手に「いやあ、捜しましたよ」と言わせたりする。

 --捜したのはオレ!

 堀井 そういうツッコミも想定してね。最近はシナリオより、そっちのほうが楽しいですね。どうやって意表を突くか、みたいな(笑)。

                  ◇

 ■ゆるく作るために苦労する

 --代表作「ドラゴンクエスト」は昭和63年の3作目以降、発売ごとに騒がれる社会現象に

 堀井 マニアックな世界ではなくて、普通の人が楽しめるゲームにしたい。そういう感覚で作りましたから、ヒットを予想してはいましたが、あれほどのフィーバーになるとは思ってもみなかったですね。じつは3作目までで、やりたかったことはすべてやり終えた感じがあったんですよ。

 --あれ、そうだったんですか

 堀井 ところがフィーバーになって、次を期待されて、弱った、どうしようと(笑)。これ以上物語を長くしても、マップを広くしても仕方がない。じゃあキャラクターを描いてみよう、何人も章立てにして…それが「4」になりました。次の「5」は人生をテーマに、主人公が結婚相手を選ぶ。「6」では、現実だと思っていたことが夢だったという驚き。そういうものを入れていって…。

 --一言では難しいと思いますが、どんなゲームにしようと考えていますか

 堀井 うーん。とっつきやすくて、わくわくして、ちょっととぼけた感じで。余裕というか、あまりギチギチにしたくはないんですよね。たとえば、作戦を指示する言葉が「ガンガンいこうぜ」とか「みんながんばれ」とか。どう違うんだって(笑)。いいんですよ、なんとなくで。ニュアンスでいい。ゲームをそう作っちゃうのは、ぼくのセンスだと思います。ゆるいものを作るために、すごく苦労する。

 --いい言葉ですね

 堀井 そういうものですよ。きっとね。僕自身がゲームを好きなので、自分の中のプレーヤーを満足させるには、どうするか。いつも考えてますね。物語というのはあるわけですが、進むスピードはそれぞれだし、寄り道だってできる。そういう自由は大切です。それと、あまり殺伐とした感じにはしたくない。だから敵も「ころす」のではなくて「やっつける」。コンピューターって冷たいイメージがあったんで、なるべく温かいものを作ろうと思った。それはいまも変わらないですね。

 --ヒットメーカーとしての実感は

 堀井 幸運だったと思います。時代も良かったんですよ。コンピューターがちょうど発展していったときに、アイデアを実現することができて、うまく転がっていったなという感じがしますね。

 --ゲームデザイナーになっていなければ、何をしていたと思いますか

 堀井 どうなんだろう。フリーターじゃないですか(笑)。きっと、なにかしらインタラクティブなことをやってると思います。しかし振り返ってみると、ゲームをがんばって作りすぎて、自分自身の世界ってあんまり広がってないんですねえ。ひきこもりですよ(笑)。ま、それはそれでよかったのかなとも思うし。やりたいことはなんでもドラゴンクエストの中でできるっていう感覚があってね。

 --職人肌ですね

 堀井 うん、職人的かもしれない。ゲームデザインは個人的な感覚なので、若い制作者に教えるのも大変なんですよ。日々の作業の中で、ああだこうだといってますけど。システムみたいなものは伝えられても、さじ加減みたいなものをわかってもらうのは、ほんとに難しいですね。(篠原知存)

 ■わくわく感とコミュニケーション

 --ゲーム業界の最前線で仕事をされていて、感じている変化は

 堀井 最初のころは、ゲームってこんなこともできるんだっていう驚きがあったと思います。だからやる人も増えた。いまはもう、たいていのことでは驚かないし、何が起こるかも予測できてしまう。でも「ドラゴンクエスト9」(平成21年発売)で「すれちがい通信」を導入したときは、わくわく感を作れたと思っています。

 --携帯用ゲーム機が、自動的にデータを交換する機能ですね

 堀井 ストーリーやキャラクターではないですが、ツールを用意することで広がる世界がある。もともとドラゴンクエストってコミュニケーションツールのような部分があった。お前はどこまでやったとか、あの宝物はどこにあるとか、そうやって人と人とのコミュニケーションを生み出してきたんですよ。

 --ええ、ヒットした理由のひとつですね

 堀井 いま、たとえば「ツイッター」がはやっていますが、そこには「もしかしたら自分の世界が広がるかもしれない」というわくわく感がある。ほかの人との軽いつながりみたいなもの。それは危なくもあるんですが、何が起こるかわからないという面白さを秘めている。ドラマだってそうですよね。意表を突かれると、やっぱり面白いと感じる。期待をちょっとだけ上回ると。あんまり予想外だと、面食らって受け付けられなくなっちゃうけれど。

 --時代とともに、作る側も変化を求められてきたのでは

 堀井 シナリオにドンデン返しを作っても、ネットですぐにばらされちゃう。そうじゃない部分をなんとか面白くしないといけない。いま、30代の男性が「ドラゴンクエスト世代」って呼ばれてて、思い入れを持ってくれている人たちなんですが、その下はまた違うんですよ。「クラシックゲーム」って言われたりしてます。

 --古典ですか

 堀井 戦闘もコマンド式で一呼吸あって、リアルタイムで進まない。ぼくは、そういうのが好きなんですけれどね。せかされたりしないで、のんびりできるから。

 --これからのゲームは

 堀井 こっちが聞きたい(笑)。いろいろ考えるんですけれど、この25年で、すごく状況が変わりましたよね。携帯電話とか、想像もできなかった。これから10年でまた加速すると思いますし、様子を見ながらやりますよ。(篠原知存)

【プロフィル】堀井雄二

 ほりい・ゆうじ 昭和29年、兵庫県生まれ。早稲田大学卒。在学中から作家として活動。パソコンの魅力を知ってゲーム制作をはじめ、58年、アドベンチャーゲーム「ポートピア連続殺人事件」をヒットさせる。代表作のRPG「ドラゴンクエスト」シリーズの世界を体感できる「誕生25周年記念 ドラゴンクエスト展」が12月4日まで、東京・六本木ヒルズの森アーツセンターギャラリーで開催されている。
 ↑ここまで

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