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October 27, 2010

許してならぬ中国の「前原外し」と、迎合する朝日新聞

 産経新聞のページの正論欄に、「日本国際フォーラム理事長・伊藤憲一 許してならぬ中国の『前原外し』」という論文が載っている。前原氏の「中国の求める賠償や謝罪は全く受け入れられない」「国会議員は体を張って(尖閣諸島を)実効支配していく腹づもりを持って」「(尖閣諸島の領有権を)1ミリとも譲る気持ちはない」「(領有権棚上げについて)中国側と合意した事実はない」といった発言は当然である。

 しかし、支那は問題を前原外相に対する個人攻撃にすりかえて、前原外相を潰そうとしている。そして朝日新聞も支那の意に沿った記事を書いているのである。

 「『前原発言 中国イライラ』『関係修復進まぬ一因に』という見出し自体が、朝日記事の報道の客観性を疑わせるものであるが、『中国政府内ではそもそも、前原氏への不信感は根強い』『『中国当局はこれを機に、一気に前原氏外しを進める』(日中関係筋)との見方も出ている』という思わせぶりな言葉で記事を締めくくっているのはもはや看過できない」

 記事を引用する。

 ↓ここから
 ◆まっとうな外相尖閣発言

 尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件をめぐる前原誠司外相の発言を問題視する向きがある。「中国の求める賠償や謝罪は全く受け入れられない」「国会議員は体を張って(尖閣諸島を)実効支配していく腹づもりを持って」「(尖閣諸島の領有権を)1ミリとも譲る気持ちはない」「(領有権棚上げについて)中国側と合意した事実はない」などの外相発言は、日本の国益と立場を踏まえれば当然であり、筋道の通ったものである。

 しかるに、中国外務省の局長級(外務次官補)の一官僚が「(前原外相は)毎日、中国を攻撃する発言をしている」と、発言の内容に立ち入って名指し批判をした。無礼と言わざるを得ないが、そこには、それ以上の深刻に憂慮すべき事態も生まれている。

 この事態は逆の状況を想定してみれば、その異常さが分かる。どこかの国の外相が日本にとって不本意な発言をしたからといって、その発言自体を「けしからん」ということはできない。北方領土問題に関する歴代ロシア外相の発言などは、ほとんど暴言の連続である。日ソ中立条約に違反した対日攻撃を「解放戦争」と呼び、北方領土を「第二次大戦の戦利品」だと言い張る。とても受け入れることのできる発言ではない。

 しかし、相手国がそう思い、そう言うことは、相手国が独立主権国家であるかぎり、相手国の自由である。当方としては、それをそれなりの外交的な意思表示として受け止めて、その心づもりで以後、その国との外交交渉に臨めばよいだけのことである。

 中国も同じ立場にいるはずである。しかるに、中国は問題を前原外相に対する個人攻撃にすりかえて、前原外相をつぶすことによって、日本の対中外交にたがをはめようとしている。そこには日本を中国と対等な独立主権国家として認めるのではなく、歴代の中華帝国が四夷の朝貢諸国を見下ろしたような上下関係の中で対日外交を進めようとするかのごとき、われわれから見て許し難い危険な対日外交観の萌芽(ほうが)さえ見られる。

 ◆国益を害する朝日報道

 だから、問題は、日本の国内の受け止め方なのであって、そこに隙(すき)があるから、こういう内政干渉めいた中国側の動きを誘うのである。10月23日付の朝日新聞の本件に関する報道ぶりには、その意味で首を傾(かし)げざるを得ないものがあった。

 記事として客観的に事実を報道する姿勢よりも、中国側の狙いに呼応して「前原外し」に加担しようとするかのような記事の仕立て方になっていた。国内の土俵の中で前原外交を批判するのは構わないが、前原外相が国益を担って中国とわたりあっているときに、後ろからその背中を刺すのは、明らかに国益を害する行為である。

 「前原発言 中国イライラ」「関係修復進まぬ一因に」という見出し自体が、朝日記事の報道の客観性を疑わせるものであるが、「中国政府内ではそもそも、前原氏への不信感は根強い」「『中国当局はこれを機に、一気に前原氏外しを進める』(日中関係筋)との見方も出ている」という思わせぶりな言葉で記事を締めくくっているのはもはや看過できない。

 ◆言うべきこと言える外交を

 これによって、今後、日本の外相が中国に対して言いたいことが言えず、言うべきことが言えなくなってよいのであろうか。外相がそうなれば、大使、局長など、日本外交の担い手たちはみな、右へならえするようになるであろう。中国側のご機嫌を伺うようになるであろう。日本外務省の中国サービスには、もともと残念ながらそのような気配が久しく見られたことは、否定できまい。中国側ににらまれたら、日本外務省のなかで中国専門家としての栄達を制約されるというのである。

 この際、日本外交の問題点として、ついでに指摘しておけば、中国以外の国との関係でも、日本の大使たちは、相手国の心証を気にして、その国の首脳にすり寄る気風がある。もとより外交官たるもの、いずれの国の外交官であれ、任国の首脳の信頼を得ることは重要である。しかし、最重要な任務は、それではないはずである。

 問題は、わが国における大使たちの勤務評定の基準が、ことなかれ主義に流れていることにある。たとえ言わなければならないことであっても、それを言って、相手国との関係をギクシャクさせると、減点となり、無難に徹して、いわゆる「友好関係」に貢献すると、名大使と称される。それが、戦後日本外交の日常的な原風景であった。

 中国が「前原外相外し」ともいえる大胆不敵な動きに出てきた背景には、このような戦後の日本外交の抱える構造的な弱さがあると言わざるを得ない。前原外相には、中国側の牽制(けんせい)にひるむことなく正論を言い続けてほしい。と同時に、日本外交を担う現役の外交官諸君には、腹を据えて、日本の国益のために、言うべきときに、言うべき相手に、言うべきことを言う勇気を持ってもらいたい。(いとう けんいち)
 ↑ここまで

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