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September 14, 2010

国民不在の『無策民主党』の不甲斐なさ

 「杜父魚文庫ブログ」に、「国民不在の『無策民主党』の不甲斐なさ 桜井よしこ」という投稿がある。これが多くの国民の思いではないだろうか。それともまだ民主党に期待している国民がいるのだろうか。

 投稿を引用させていただく。

 ↓ここから
小沢一郎氏と菅直人氏の対立は、「資格のない人物」と「資質のない人物」の争いである。総理の器かといえば、両氏は共に器ではない。日本の進路を切り開くべくもない希望なき人々だ。政権政党となって以降の民主党は、彼ら「器でない」人々の権力欲に振り回され、異常なる無策に陥った。

民主党は、その掲げる政策を実現し得る政権政党になったとき、多くの意味で豹変したのだ。彼らは自民党政治を派閥主導だ、国民不在の密室政治だと、激しく非難したが、蓋を開けてみれば、この1年間の民主党政治こそがグループという名の派閥政治であり、自民党よりも尚、国民不在の密室政治だった。

民主主義の土台である議論の場としての政策調査会は潰され、議員は党の決定に従うだけの立ち位置を与えられた。外国人参政権や夫婦別姓、CO2 25%削減など、十分な議論と国民の納得が欠かせない問題を密室で決定し、国民に押しつけようとした。或いは押しつけた。特定の利益集団のゴリ押しを許さないはずが、朝鮮高校無償化への動きに見られるように、ゴリ押しが罷り通ろうとしている。これが真の民主党か。

菅政権に移行した6月以降、つくり笑いと見間違える笑顔を浮かべつつ、首相は小沢氏が潰した政調会を復活させながらも、議論を行わせたり、その意見を政策に反映させたりすることを怠ってきた。国民騙しの形だけの「民主主義的」政治なのだ。

菅・仙谷由人体制はその前の鳩山・小沢体制と何が違うのだろうか。鳩山・小沢体制下の政策は余りにも行き当たりバッタリで、何を目指しているかが全く見えてこないという点も含めて、逆にわかり易かった。ところが、菅・仙谷体制には、透視出来ない暗い影がつきまとう。国民の目には見えにくいのだが、彼らの深層心理には、日本の足をすくう冷たい情念が燃え続けている気がしてならない。8月10日の韓国併合100年の首相談話のように、日本の土台を揺るがす仕掛けを目論み続けているというのが、率直な感想だ。

支持を得るための「演出」

その一方で、菅首相の権力への欲望は露骨である。わずか3ヵ月前、「しばらく静かにしていただいたほうが、本人にも、民主党にも、日本の政治のためにも良いと思う」と、退場勧告を突きつけたその人物らと、小沢・鳩山・菅の「トロイカ体制」を組む相談さえ行ったそうだ。彼らの鳩首談合が見苦しいのは、焦点がひたすら権力を巡る争いばかりで、国民のための政策論が欠落しているからだ。剥き出しの権力闘争の前で政策論は思い出されもしない。現民主党の中枢こそ、国民不在の極致である。

菅首相誕生から約3ヵ月、氏は政策らしい政策は何ひとつ実現していない。敢えて実現させたのは、仙谷氏が執念を燃やした韓国併合100年の首相謝罪談話であろう。

国民にとっては不幸なことだが、政策において存在感を欠く菅首相が最も敏感に反応するのが権力闘争だ。首相の地位に留まりたいという焼けつくような菅氏の思いは、いまや、傍目にもありありと見える。

自分の地位を守るために如何に氏が熱意を込めて戦うか。その一端が小沢氏が党代表選挙の出馬表明をした8月26日、巧まずして顕在化した。騒然とする民主党内で、菅氏は妙に活き活きとした表情をしていたのだ。翌27日朝、官邸の記者団に笑顔を向けて、「おはよう! 元気が出るね!」と返したほどだ。

菅氏はその直後から、まるでそれこそが生き甲斐であるかのように、猛烈なパフォーマンスを展開し始めた。8月30日、首相は日銀総裁の白川方明氏を官邸に呼んだ。この日の積極姿勢は、それより前の23日、白川総裁への簡単な電話連絡で済ませたのとは対照的だった。

30日のこの日、一向におさまらない円高・株安を前に、日銀は臨時金融政策決定会合を開催し、追加の金融緩和策を決めた。菅首相は「一刻も早く経済対策を」と語って総裁を呼び、一日前倒しで、円高・株安に対する経済対策と金融緩和措置を決めたのだ。

首相は、予算の予備費9,200億円を活用する経済対策を打ち出した。新卒者就職応援プロジェクトや中小企業と新卒者を結びつけるジョブサポーターの増員も決めた。日銀総裁も参加する経済会議「新成長戦略実現推進会議」(仮称)も立ち上げることになった。

首相が、ようやく重い腰を上げ、種々の経済政策を打ち出す姿勢を見せたのも、首相の地位がかかっていると見たからであろう。党代表選挙を前にして、支持を得るための「演出」だと言って間違いないだろう。

だが世界の市場は、残念ながら首相の動きや言葉に信を置かなかった。少し安値に揺れたものの、円はすぐに高値に戻し、株価も伸び悩んだ。

繕った姿の虚ろさ

俄仕込みの対策で市場の信頼を勝ち取れる程、世界も経済も甘くない。就職未定の学生を助けるのも大事だが、同様に大事なのは企業が採用を増やしたいと考える環境を作ることだ。首相の一言一言を聞く企業は、文字どおり生きるか死ぬかの真剣さで戦っている。輸出でもっている日本経済にとって、行き過ぎた円高は致命的だ。24日には遂に83円台に突入し、経済産業省の緊急調査では4割の企業が「拠点を海外に移す」と答えた。それほど進んだ円高・株安に菅政権がようやく対応姿勢を見せたのが、前述の30日になってからなのだ。余りに遅く、余りに無策である。

だが、首相周辺はそうは考えない。首相の信頼篤い側近で経済財政相の荒井聰氏は、なんと、「今回はスピード感を重視した」と語った。

そこで、小沢氏の出馬がまだ予想されておらず、首相の再選を脅かす動きが顕在化していなかったとき、首相は円高・株安にどう対処したかという疑問が残る。

円が84円台に急騰し、95年以来の高値をつけたのは8月11日だった。その前日から、首相は夫人と軽井沢に静養に来ていた。12日午前、首相は仙谷長官に電話を入れ、「ちょっと動きが激しすぎる」と懸念を示した。野田佳彦財務相が夏休み返上で登庁し、夕方の記者会見で、注意して見守ると発言した。菅政権は結局、単に相場を見守るという、実行を伴わない発言に終わり、初動が遅れた。

結果、円はさらに上昇したが、その間、首相は軽井沢で「注意深く見守る」と語りつつ、手を打たず、「本を読む人」を演じ、写真を撮らせた。明らかに撮影用の「本を読む人」のポーズである。その繕った姿の虚ろさが民主党の本質であってはならない。民主党に少なからず存在するはずの知性と勇気を合わせ持つ政治家たちは、一体どうしたのか。もはや小沢氏や菅氏らの時代ではあるまいものを。いま、彼らを超えて問題提起せずに、どうするのか。(週刊新潮)
 ↑ここまで

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