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September 14, 2010

民主党の岡田外相が、バターン死の行進を元米兵らに公式謝罪 馬鹿かこいつは

 Blog「正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現」さんに、「岡田が元米兵らに公式謝罪・「バターン死の行進」の元米兵捕虜らに岡田克也外相「非人道的な扱いを受け、ご苦労され、…」・米国は原爆などで日本に謝罪せず「対等な日米関係」は噓・『リンドバーグ第二次大戦日記』、ジョン・ダワー『人種偏見』」という投稿がある。

 岡田は馬鹿じゃないかと思う。事実を知らないのに謝罪などするな。サンフランシスコ平和条約で「済んだ話」である。もし「過去」を持ち出すのなら反対にアメリカに対して、日本への無差別爆撃や原爆投下を謝罪させるべきであろうに。

 岡田は、「竹島は日本領」と絶対に明言しない外相である。日本にとっては害相だ。

 日本の国益を損ねる政治家など、日本には不要である。

 投稿を引用させていただく。

 ↓ここから
「バターン死の行進」外相が初の公式謝罪

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100913-00000387-yom-pol

「バターン死の行進」外相が初の公式謝罪
読売新聞 9月13日(月)13時25分配信

 岡田外相は13日昼、第2次世界大戦中に日本軍がフィリピン・ルソン島で米軍などの捕虜約7万人を約100キロ歩かせ、多くの死者を出したとされる「バターン死の行進」で生き残った元米兵捕虜らと外務省で面会し、外相として初めて公式に謝罪した。

 岡田氏は「非人道的な扱いを受け、ご苦労され、日本政府代表として、外相として、心からおわび申し上げます」と述べた。

>岡田外相は13日昼、第2次世界大戦中に日本軍がフィリピン・ルソン島で米軍などの捕虜約7万人を約100キロ歩かせ、多くの死者を出したとされる「バターン死の行進」で生き残った元米兵捕虜らと外務省で面会し、外相として初めて公式に謝罪した。


岡田克也は、本当に馬鹿だ。

歩いたのは米軍捕虜だけではない。

捕虜は水筒だけ持って歩いたが、日本軍兵士は60kg以上の荷物を持って一緒に歩いた。

日本兵と米軍捕虜が一緒に何十kmも歩いて日本兵が死なずに捕虜だけ死んだ理由は、捕虜がもともとマラリアなどに罹っていたことが最大の要因だった。

 降伏時バタアン半島の米比軍と流民の状況は、士気は全く衰え、食料の不足とマラリアの流行とのため極度に衰弱していたが、コレヒドール攻略戦を目前に控えた軍としては、その準備や防諜上の観点、および米比軍の砲爆撃によって傷つけないためにも、これらの捕虜や住民を原位置に留めておくことはできなかった。
 しかも米比軍の降伏が以外に早かったため、これら捕虜に対する食料、収容施設、輸送などに関し準備を行なう余裕もなかった。当時、軍自体が食料および輸送力の不足に苦慮している状態であった。したがってこれら捕虜もいきおい比較的食糧などを補給しやすい地域に、徒歩で移動させなければならない事情にあった。

(中略)

「死の行進」に関し和知参謀長は、要旨次のように述べている。

 元来バタアン半島はマラリヤのはびこる地帯である。それだけに敵味方ともマラリヤにかかり、その他にデング熱や赤痢に倒れる者もあって全く疲れていた。
 バタアンの比島軍の捕虜は五万であったが、その他一般市民で軍とともにバタアンへ逃げ込んだのが約二~三万は数えられ、合計八万に近い捕虜があった。一月から四月まで、かれこれ三ヶ月半も、バタアンの山中にひそんでいたためほとんどがマラリアその他の患者になっていた。その彼らを後方にさげねばならなかった。なぜなら軍にはまだコレヒドール攻略が残っていたからである。
 捕虜は第一線から徒歩でサンフェルナンドへ送られた。護送する日本兵も一緒に歩いた。水筒一つの捕虜に比し背嚢を背負い銃をかついで歩いた。全行程約六十数キロあまり、それを四~五日がかりで歩いたのだから牛の歩くに似た行軍であった。疲れきっていたからである。南国とはいえ夜になると肌寒くなるので、日本兵が焚火をし、炊き出しをして彼らに食事を与え、それから自分らも食べた。通りかかった報道班員が見かねて食料を与えたこともある。できればトラックで輸送すべきであったろう。しかし貧弱な装備の日本軍にそれだけのトラックのあるはずもなかった。次期作戦、すなわちコレヒドール島攻略準備にもトラックは事欠く状態だったのである。
(中略)
 むろん道中でバタバタと彼らは倒れた。それはしかしマラリア患者が大部分だった。さらにもう一つ付け加えれば、彼らはトラックで移動することを常とし、徒歩行軍に馴れていなかったことである。

防衛庁防衛研修所戦史室「戦史叢書 比島攻略作戦」(朝雲新聞社)P432


いわゆる「バターン死の行進」。捕虜は水筒も保有している。これを「非人道的」と言って公式謝罪する岡田克也はアホ丸出し

こんなことに外務大臣が謝罪するなんて、世界の常識では有り得ない。

米国は未だに広島と長崎への原爆投下や東京大空襲など各都市への爆撃などについて謝罪していない。

岡田克也らが言う「対等な日米関係!」とは、いったい何なのか?!

これではイオン(ジャスコ)の不買運動を起こしたなる。

捕虜の扱いにしても、日本軍は米軍捕虜を大事に扱ったが、米軍は日本軍捕虜に対して非人道的行為を散々行った。

それどころか、米軍の場合には、投降したり負傷したりした日本軍兵士を捕まえても捕虜にはせず、その場で惨殺することが普通だった。

日本軍もフィリピンで米軍などの捕虜約7万人を収容所まで歩かせず、米軍と同じようにその場で全員殺しておけば、今頃「バターン死の行進」などと非難されずに済んだのだ。

米軍が、捕まえた日本人の殆どを如何に残酷に殺したかは、チャールズ・リンドバーグの『リンドバーグ第二次大戦日記』や、ジョン・ダワーの『人種偏見』や、従軍記者エドガー・L・ジョーンズの記事などに詳述されている。

連合軍が日本兵を捕虜にせず殺害しまくった例は枚挙に暇がない。

カリフォルニア大学のダワー教授はその著『人種偏見』において、連合軍側の虐殺行為を詳しく紹介している。

例えば、すでに米軍の支配下にあった島に、仲間とはぐれた日本兵を一人放ち、その兵士が身の安全を求めて狂ったように駆け出すところを銃の標的として楽しんだ。ペリリュー島や沖縄の激戦地で、米軍兵士は日本兵の死体から手を切り取って戦果のトロフィーとする、金歯を漁る、死体のあいた口めがけて小便をする、恐れおののく沖縄の老女を撃ち殺し、「みじめな生活から逃れさせてやっただけだ」と気にもとめない、といった具合である。

太平洋地域担当の従軍記者エドガー・L・ジョーンズは、一九四六年一昭和二十一年一の『アトランティック・マンスリー』誌に、「われわれは捕虜を容赦なく撃ち殺し、病院を破壊し、救命ボートを機銃掃射し、敵の民間人を虐待、殺害し、傷ついた敵兵を殺し、まだ息のある者を他の死体とともに穴に投げ入れ、死体を煮て頭蓋骨をとりわけ、それで置き物を作るとか、または他の骨でぺーパーナイフを作るとかしてきたのだ」と書いた。

これらの陰湿な虐殺行為は米国政府によって公認されたこともあった。

ジョン・ダワー教授はいう。

「ブーゲンビルで投降しようとして殺された負傷兵の場合のように、日本兵殺害の中には上官の命令下に行なわれたもの、あるいは少なくとも上官が事後承認を与えたものがあった。たとえば日本の輸送船を沈め、その後一時間以上もかけて何百何千という生き残り日本兵を銃で撃ち殺したアメリカの潜水艦艦長は、この虐殺をその公式報告書に記録し、しかも上官から公の賛辞を与えられている。」
『人種偏見』

■重要■
さらに、ダワー教授はこう述べる。
━━━━━━━━
「連合国側の虐殺行為は何ら罪を問われず、免責されたままだ。そして、補虜虐待について言えば、それでなくとも物資不足に喘ぎ、補虜を受け入れるだけの設備も食糧も不足していた日本側がそれでも交戦法規を忠実に守って、大量に投降してくる敵兵を捕虜にしたからこそ様々な問題が生じたのである。 」
━━━━━━━━

ジョン・W. ダワー『人種偏見』

ちなみに、連合軍捕虜を虐待した数少ない事例に関しても主な犯人は朝鮮人軍属だった。

http://www1.u-netsurf.ne.jp/~ttakayam/beigunzangyaku.htm
米軍の残虐行為:リンドバーグの衝撃証言
 
以下は正論00年5月号で紹介された「リンドバーグの衝撃証言」の抜粋です。
チャールズ・リンドバーグ(1902~74)はニューヨーク・パリ単独飛行や息子の誘拐・殺害事件で有名なあの彼です。
日米開戦後、彼は軍の技術顧問として南太平洋で戦闘任務についた。
この間の日記の邦訳版が昭和49年新潮社から新庄哲夫氏の訳で出版されたが現在絶版になっているものを訳者の了解を得て正論に抜粋を載せたものです。

・・・・・・・・・・・リンドバーグ日記の抜粋・・・・・・・・・・

*各地の太平洋戦線で日本人捕虜の数が欧州戦線に比し異常に少ないのは捕虜にしたければいくらでも捕虜に出来るが、米兵が捕虜を取りたがらないから。手を上げて投降してきても皆殺しにするから。

*あるところでは2000人ほど捕虜にしたが本部に引きたてられたのはたった100か200だった。残りのの連中にはちょっとした出来事があった。それを知った戦友は投降したがらないだろう。

*捕虜を取らないことを自慢する部隊がいる。

*将校連は尋問の為捕虜を欲しがる。捕虜1名に付きシドニーへの2週間の休暇を出すとお触れが出た途端に持て余すほどの捕虜が手に入る。懸賞を取り消すと一人も手に入らなくなり、つかまらなかったと嘯くだけ。

*一旦捕虜にしても英語が分かる者は尋問のため連行され、出来ない者は捕虜にされなかった、即ち殺された。

*捕虜を飛行機で運ぶ途中機上から山中に突き落とし、ジャップは途中でハラキリをやっちまったと報告。ある日本軍の野戦病院をある部隊が通過したら生存者は一人もいなかった。

*2年以上実戦に参加した経験がない兵が帰国前にせめて一人くらい日本兵を殺したいと希望し、偵察任務に誘われたが撃つべき日本兵を見つけられず捕虜一人だけ得た。捕虜は殺せないと嫌がるくだんの兵の面前で軍曹がナイフで首を切り裂く手本を示した。

*爆弾で出来た穴の中に皆四肢バラバラの状態の日本兵の死体を投げ込みその後でトラック1台分の残飯や廃物を投げ込む。

*捕虜にしたがらない理由は殺す楽しみもさる事ながらお土産を取る目的。
金歯、軍刀はもとより、大腿骨を持ち帰りそれでペン・ホルダーとかペーパーナイフを造る、耳や鼻を切り取り面白半分に見せびらかすか乾燥させて持ちかえる、中には頭蓋骨まで持ちかえる者もいる。

*日本人を動物以下に取扱いそれが大目に見られている。我々は文明のために戦っているのだと主張しているが、太平洋戦線を見れば見るほど、文明人を主張せねばならない理由がなくなるように思える。事実この点に関する成績が日本人のそれより遥かに高いという確信は持てないのだ。

*リンドバーグはドイツ降伏後ナチスによる集団虐殺現場を見学した時の日記で「どこかで見たような感じ、そう南太平洋だ。爆撃後の穴に日本兵の遺体が腐りかけ、その上から残飯が投げ捨てられ、待機室やテントにまだ生新しい日本兵の頭蓋骨が飾り付けられているのを見たときだ。ドイツはユダヤ人の扱いで人間性を汚したと主張する我々アメリカ人が、日本人の扱い方で同じようなことをしでかしたのだ」と。

『孤高の鷲 リンドバーグ第二次大戦参戦記』上下

http://www.jmcy.co.jp/~goto/Majime/toshio/shonin/shinin01.htm
「お前が証人だ」 バターン死の行進の報復

終戦を迎えたフィリピンでアメリカ軍に投降した日本兵を待っていたのはあまりにも露骨で非人道的な報復行為だった。
意味もなく鉄道駅から離れた場所に集結を命じられた日本兵は水筒を採り上げられ、炎天下のフィリピンを長々と行進させられ、バタバタと死んでいく。

そしてやっとの思いで到着した収容所では更に過酷な強制労働が待っていた。
機械力を持つ米軍はその使用を許さず、重い岩石や土砂を人間に運ばせる。
乏しい食料と不釣り合いな重労働に思わず抗議した看護婦に収容所の米将校は「これこそが強制労働と言うものだ」と平然として答える。

内地に復員した著者は、後にアウシュビッツ収容所の話を読んで「自分たちよりよほど人間らしく扱われた」彼らに羨望の念を禁じ得ない。

そして収容所で死んだ日本人が正確に2万の墓標の下に埋められた後。
あれほど酷かった捕虜虐待は嘘のように終わってしまった。
つまり、非人道的な虐待は米軍にとって「ノルマ」を達成させる為の手段でしかなかったのだ。
「2万」とは連合軍が主張する「バターン半島死の行進」による死者のちょうど2倍の数字である。

後藤利雄著『お前が証人だ バターン死の行進の報復』

日本軍は、いわゆる「バターン死の行進」で犠牲になった米軍捕虜を丁寧に埋葬した。

一方、米軍兵は日本兵を惨殺した上に、日本軍戦死者の遺体の切断するなど、その死体の扱いも非人道的だった。

吊るされる日本兵の首。(1945年ビルマ、アメリカ軍撮影とされてる)

日本人の頭部で遊んでいるマクファーソン中尉。アメリカ海軍魚雷艇341の甲板にて。(1944年4月30日ニューギニア)

■動画
アメリカ軍の戦争犯罪

http://www.youtube.com/watch?v=4nxOqeW4nCo


ということで、【早く潰れてほしい悪徳、反日、売国企業】の中にイオン(ジャスコ)を追加する。

▼一刻も早く潰すべき、悪徳、反日、売国、在日企業
(不買運動などが展開されている模様)

NHK
TBS
フジテレビ
テロ朝
電通
毎日新聞(スポニチ)
朝日新聞
朝鮮玉入れ(パチンコ)関連企業
サラ金(消費者金融)
ファーストリテイリング(ユニクロ)
伊藤忠
日本IBM
栄光ゼミナール(南京大虐殺虚偽)
アサヒビール
ロッテ
ソフトバンク
ドンキホーテ
モンテローザ(白木屋、魚民、笑笑、月の宴、千年の宴)
本家かまどや
モランボン
叙々苑
リーブ21
コーエー
ニトリ
NHK、TBS、フジテレビ、テロ朝、電通、毎日新聞(スポニチ)、朝日新聞、朝鮮玉入れ(パチンコ)関連企業、サラ金(消費者金融)、ファーストリテイリング(ユニクロ)、伊藤忠、日本IBM、栄光ゼミナール、アサヒビール、ロッテ、ソフトバンク、ドンキホーテ、モンテローザ(白木屋、魚民、笑笑、月の宴、千年の宴)、本家かまどや、モランボン、叙々苑、リーブ21、コーエー、ニトリ

▼早く潰れてほしい悪徳、反日、売国、在日企業
日テレ、テレ東、日経新聞、読売新聞、東京新聞、その他反日地方紙、ヤフー(Yahoo!Japan)、花王、JT、味の素、サントリー(毎日変態報道容認、東北熊襲発言)、積水ハウス、安楽亭、歌広場 (カラオケ)、漫画広場 (漫画喫茶)、朝日ソーラー、アイスター(アイレディース化粧品)、青山商事、ダイソー、マイクロソフト、JINRO、LG、ローソン、イオン(ジャスコ)←New!!など

▼創価学会系企業(公明党を支持)
TSUTAYA、ブックオフ、養老の滝、東京ディズニーランド(オリエンタルランド)、宝塚歌劇団、AVEX、伊藤園、ヤマダ電機、馬車道(ファミレス)、スタジオアリス(写真屋)など

▼民主党系企業
ブリヂストン、イオン(ジャスコ)、京セラ

▼移民の大量受け入れを推進する「経団連」の加盟企業(自民党を支持)
トヨタ、キャノン、パナソニックなど大企業多数
(上記3社は、日の丸掲揚を見送った上海万博日本館の主な協賛企業)

▼首相の靖国神社参拝自粛や、全戦争犠牲者に対する無宗教の追悼碑建立を求めた「経済同友会」の会員企業
富士ゼロックス、日本IBMなど多数

「岡田は馬鹿だ!」
 ↑ここまで

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