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April 22, 2010

朝日社説「全国テスト―地域が学力向上の主体に」 意味不明だ

 朝日新聞の22日の社説は、「全国テスト―地域が学力向上の主体に」だ。

 「文部科学省に『おんぶに抱っこ』だった全国一斉のテストから、地域ごとの主体的な学力向上の取り組みへ。おととい行われた全国学力調査は、その一歩になるだろうか」

 地域に費用を負担させたり採点をさせたり、参加・不参加を決めさせたりしている。これが地域ごとの主体的な学力向上への取り組みとは恐れ入る。国民の教育を受ける権利が、地域により侵害されているということではないか。

 「算数・数学、国語のテストを小6と中3の全員が受ける方式から、今回は選ばれた学校だけに変わった。約3割という抽出率は、都道府県ごとの学力水準が誤差なくつかめるようにと、はじき出された数字だ」

 抽出では、都道府県、市町村、学校ごとの順位をつけることができない。不十分である。民主党が、日教組のいびつな平等主義をそのまま受け入れたにすぎない。

 「ところが競い合いと横並びの意識からだろう、全校実施を望む自治体が相次いだ。文科省から問題用紙だけを受け取った「希望参加」を合わせ、4校に3校が何らかの形で実施した」

 父兄は、全国学力テストで自分の子供や通う学校がどの程度のレベルなのかを知りたがっているのだ。ある程度知りたければ、全国展開している塾に通わせるしかない。

 「独自採点が必要になったことや、費用負担をめぐり、不満の声も出ている。何のために学力を調べるのか。目的に合うのはどんな方式か。政府が受け持つべきことと、地方が取り組むべきことは何か。改めてその整理をしなければなるまい」

 全国一斉にテストを行えば、こんな余計な事を考える必要はなかった。

 「いま、子どもをめぐる施策は激変しつつある。子ども手当の支給は学習環境や学ぶ意欲にどんな影響を及ぼすか。検討されている先生の増員を、どう学力向上につなげるのか。来春から小学校は『脱ゆとり』の教科書に切り替わる。詰め込みの弊害はないか」

 朝日は阿呆か。ゆとり教育の弊害で学力が低下したから、「脱ゆとり」教育に移行したのだ。ゆとり教育のバカバカしさは、わしの子供がそうだったからよくわかっている。学校の授業で「遊び」を教わったりする。小学校1年生で時計の読み方を教えないから、休み時間の終わりは「長い針が8になったら終わり」というような指示をする。

 国語では、漢字を先に覚えて使ったら怒られる。日記でも、自分の名前でもだ。なお、今でも「日記長」とは呼ばない。「あのねノート」とよぶ。「先生あのね」で書き出すように指導するからというのだが、馬鹿げている。

 「そうした教育政策を検証し、新たな課題を見つけ出すために、全国での調査は必要だ。サンプル数と狙いを絞った調査を組みあわせ、時系列での学力の変化もくみ取れるようにする。文科省はそんな制度設計をしてほしい」

 サンプル調査よりも全数調査の方が正確なのはわかっているはずだが。何が「制度設計」か。

 「地域の教育力の相対的な位置を知るため、都道府県間の比較ができるような調査を5~10年程度の間隔で実施することには、意味がありそうだ」

 要は毎年実施するなといいたいのだろう。それよりももっとムダを減らすべきだ。日教組の教育に無関心な教師をクビにするとか。少人数学級を多人数学級にするとか。少子化の時代だからこそ、多人数での集団教育をする機会を与えるべきではなかろうか。

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