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November 03, 2007

1995年の韓国巨大デパート崩壊は人災

 11月3日の毎日放送の番組「地球!ジオグラTV」で、韓国の三豊百貨店ビルが崩壊した事件を取り上げていた。百貨店のビルが突然崩壊したのは1995年のこと。ほんの10数年前のことだ。余りにもあり得ない出来事なのでもっと前かと思い込んでいた。

 当時の日本の新聞でもトップで報道されたと記憶しているが、その原因については「ずさんな工事」という程度しか認識していなかったので、たまたまこの番組を見てよかった。韓国ならではの事件だというのが感想だ。

 番組の内容をまとめてみた。

 ↓ここから
「怒りの真相・500人の命を奪った巨大デパート崩壊・徹底解析」
 ・三豊百貨店崩壊の前兆を意図的に見逃した。
 ・客を非難させなかった。
 ・オフィスビルとして設計し建設中の建物をデパートに変更した。
 ・デパートにした方が利益がでるとオーナが変更。
 ・仕切りの壁を取り外したが補強しなかった。
 ・建物の骨組みをそのままで設計を変更した。
 ・建物の中央に吹き抜けを作ったが、柱を補強するどころか、柱を逆に4分の3に削った。
 ・元々4階建ての建物を無理矢理5階建てにし、3000トンのコンクリートの重量が加わった。
 ・事故前日、屋上のには無数の凸凹があった。
 ・柱と床を補強するドロップパネルが弱く、柱が床を付きぬけようとしていた。
 ・重さ87トンのエアコンの位置を変更するのに、クレーンを使わず屋上を引きずったため、床と柱に負担をかけた。
 ・崩壊前日には天上にヒビが入り埃が落ちていた。床が傾いた。
 ・専門家から崩壊の危険性を指摘されたが、オーナはヒビを隠すよう指示。
 ・オーナだけは身の回りの物を運び出し、客と従業員を残してデパートから逃亡した。
 ・三豊百貨店崩壊での死者502名、負傷者937名、行方不明者5名。
 ・デパート・オーナのイ・ジュンが「業務上過失致死傷」で逮捕される。7年6ヶ月の実刑。
 ・設計変更を承認させるため、役人・政治家に賄賂を贈っていた事が発覚し、関係者12人が逮捕される。
 ↑ここまで

 ウィキペディア(Wikipedia)に、「三豊百貨店」の説明がある。抜粋する。

 ↓ここから
 三豊百貨店(サンプンひゃっかてん)は大韓民国のソウル特別市瑞草区にかつて存在した百貨店である。1989年開店。

 1995年6月29日の営業中(午後5時55分、現地時間、日本時間同)に突然5階建ての建物の半分が崩壊し、死者502人・負傷者937名・行方不明者5名という世界的にも例のない大惨事を起こした。その後しばらく空き地のままだったが、現在では高級マンションになった。

[崩壊の原因
建物崩壊の直接的原因は主に以下の点である。
●工事の途中で、施工者が宇成建設から百貨店の経営母体である三豊建設産業に変更された。
 ・元々、このビルは地上4階、地下4階建てのオフィスビルとなる予定だった。
 ・しかし、5階建てのデパートに変更するために、基礎工事が終わった段階で建設会社が変更された。
●売り場に防火シャッターを設置するためビル中央部の柱の一部(4分の1)を取り除いた結果、ビル自体が構造的に弱くなった。
●80トンの水のタンクが屋上に設置された。
●事故が起こる前年の1994年には当局に無断で地下に売り場を増設する工事を行い、これが更に建物の強度を弱めた。
●屋上で大型冷房装置を引きずって移動させたため、上記の強度不足が原因となって屋上が装置の重量に耐え切れなかった。
●鉄筋の代わりに石油缶を詰めていた。 
●元々梁を使用するが、重量制限のある柱で建物を支える建築工法を取った。
●最上階にあるレストランは床に座る方式のため、床暖房を入れ、床部分を底上げした分重量が増えた。

 また、
1. 前日に5階の従業員が天井(屋上)のひび割れに気づいており、崩壊当日の朝にはひび割れが大きくなっていたため、すぐに上司に報告した。
2. 午前9時の段階で経営陣が集まり緊急会議を開いたが、その間も営業は続行していた。
3. 午後3時に社長が呼んだ建築士が到着して調査し、危険を察知して警告したにもかかわらず、経営陣は「まもなく閉店だから」という理由で営業を続行した。

 このように、崩壊は経営陣の判断不足による人災の面もあった。建築会社だけでなく、大量の死者を出した経営陣の責任も追及され、同百貨店の会長と社長ら幹部3人が業務上過失致死傷容疑で逮捕された(会長は懲役7年8ヶ月の刑を受け、全財産没収。2003年10月に病死)。更に当時の区長が三豊百貨店の三度にわたる設計変更と、仮使用許可を承認した見返りとして、三豊百貨店側から1300万ウォン(約150万円)の賄賂をもらったとして、収賄容疑で逮捕された。
 ↑ここまで

 韓国の建築のひどさは自国内だけではない。「韓国が建設したパラオKBブリッジ崩壊写真」もある。

 洪思重、金淳鎬「井戸の中の韓国人」(千早書房)には、このような事例が幾つも書かれている(1999年発行の本で、今は店頭での入手は困難かもしれない)。

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