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September 06, 2007

武道の必修化を茶化す朝日の社説

 朝日新聞6日朝刊の社説は「武道とダンス―必修にまですべきなのか」だ。中央教育審議会の体育・保健部会が、中学校の体育の授業で武道やダンスを必修化する方針を決めたことを受けての社説だ。

 朝日は「伝統や文化と一口に言っても、さまざまなものがある。武道を必修にして全員に教えれば、伝統や文化が身につくというほど単純なものではあるまい」と茶化す。武道を習わなければ、少なくとも武道という伝統や文化は身に付かないのは間違いないのだ。

 朝日新聞は上(政府)から命令されるのが嫌いなので、次のように書く。「それにしても、学習指導要領で体育の必修の種目まで細かく決める必要があるのだろうか。幅広く教えたいという気持ちはわからないわけではないが、あれもこれもと詰め込まれては、子どもは消化しきれまい。文部科学省は大枠を示すにとどめ、具体的な選択は教育委員会や学校に任せてはどうだろう」。

 (現場が言う事を聞かない)教育委員会や学校に任せた結果が、今の教育荒廃につながっている。今の学習指導要領があれもこれもと詰め込んでいる訳ではない。「ゆとり教育」の結果、学習内容はかつての半分にまで減少しているのだ。

 朝日は、文科省や中央教育審議会に「もっと心を砕いてほしいことがある」という。抜粋する。

 ↓ここから
 今回の専門部会の方針でも、スポーツをする子とそうでない子に二極化している傾向や体力の低下が指摘されている。

 とりわけ、「体育嫌い」といわれる子どもが増えているのが気になる。体育の場合、うまくできないと、クラスの中で恥ずかしい思いをすることが少なくない。それがきっかけでスポーツから遠ざかってしまうケースも聞く。

 苦手なことでも頑張れ、と教えるのは大切だが、それでスポーツ嫌いが増えたのでは何にもならない。学校の体育は、体力を高めるとともに、スポーツに親しませるのが大きな狙いだ。
 ↑ここまで

 何を甘えたことを書いているのか。体力の低下は、体育を厳しく教えていないからだろう。嫌な思いや苦しい思いを乗り越えて達成する満足感を教えてやれば、たとえ下手でもスポーツが好きになるのではないか。それに忍耐力を養うこともできる。嫌だからと、好きなことだけ教えているのでは、生徒のためにならないし、そんなものは教育ではない。

 嫌がるからと勉強をさせなかったりやさしい事しか教えなかったら、学力が低下しても当たり前だ。体育も同じだ。

 わしの子供が小学生のときの話を書く。体育の授業で水泳を習うのだが、こんな調子だという。

 「顔を水につけられない人は、顔を上げたままでよい」
 「水の中で目を開けられない人は、目を閉じていてもよい」

 こんな教育で、泳げるようになる訳が無い。現にクラスで1~2割は6年生になっても泳げないのだ。結局、親が泳ぎを教えるかスイミングスクールに通わせないといけないのだ。何のための公教育か。

 朝日はこのような事態を望んでいる。学力も体力も低下させ、そして伝統や文化を受け継がれないようにと、主張しているのだ。

 朝日は最後に、「スポーツは楽しい。家に閉じこもってゲームをするより、体を動かすことの方がずっと気持ちがいいんだ。まず、そのことを子どもたちが実感できる授業への道筋を工夫してほしい」と書く。

 そんな工夫があるのなら、社説で案を出してみろ、と言いたい。抽象論で終ることが朝日の社説にはよくある。朝日の言う通りにしていたら、スポーツで達成感を味わうことなど、死んでも出来ないだろう。

 余談だが、わしが小学生のとき、学校で柔道を習っていた。真冬に裸足で柔道着一枚になる。凍えそうだった。でも体が鍛えられたのか、風邪をひかなくなった。それから体が小さかったから女子と組まされたりしたからである。これが一番嫌だった。今なら大喜びだが(笑)。

 さて、産経新聞の同日朝刊の社説は「武道の必修化 国柄の再生に大きく寄与」だ。

 抜粋する。

 ↓ここから
 終戦直後、軍国主義や愛国主義教育を排除するために、連合国軍総司令部(GHQ)は、学校における神道教育の禁止や修身、日本史、地理教育の停止などとともに、武道の禁止を指令した。日本武道の伝統にとって不幸な時代だったが、昭和26年の指令解除によって全日本剣道連盟など各種団体が再建され、復興の道を歩みだした。

 武道は礼に始まり礼をもって終わるといわれる。近年はスポーツとしての勝敗にこだわる傾向も見られないではないが、武道本来が持つ精神修養面の重視の姿勢はいまだ衰微していない。公徳心が低下し、公共マナーの乱れが目に付く今日にあって、武道の必修化はまさに「健全なる精神は健全なる身体に宿る」次代を担う青少年の育成に貢献するだろう
 ↑ここまで

 朝日の社説と読み比べてどうか。いかに朝日が低レベルなことを書いているかが分かる。

 近年、若者が道路や店、電車の床などに平気で座り込んでいることがある。もう驚かなくなってしまったし、注意することもしなくなった。連中はみっともないことをしているという意識が全く無いし、それが周囲の邪魔になっていても、悪いとは全く思っていないのだ。また若いくせに本当に体力が弱くて、疲れていることもあるという。不健全な精神が不健全な身体に宿っているような状態を改善する必要がある。その役目は教育が負うものであろう。

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» 朝日新聞社説「武道とダンス」☆平成19年度最低の社説か? [松尾光太郎 de 海馬之玄関BLOG]
font size=3 あと4ヵ月を残している今年平成19年、絶後ではないかもしれないが空前の社説が全国紙に掲載されました。朝日新聞社説「武道とダンス―必修にまですべきなのか」です。荒唐無稽な戦後民主主義の歴史観や社会観からものされたイデオロギー的に偏った社説、支那・韓国・北朝鮮の特定アジア三国のエージェントとして日本を貶め日本の国益を毀損すること甚だしい<最悪の社説>は朝日新聞の場合珍しくはないけれど、小論文の作品として見た場合ここまで酷い<最低の社説>はそう拝めるものではな..... [Read More]

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