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September 21, 2007

光市・母子殺害事件 本村洋さんの冷静な意見陳述

 産経新聞のページに「光市・母子殺害事件 本村洋さん意見陳述要旨」という記事がある。本村さんは被告側の度重なる非常識な言動にもかかわらず、非常に冷静に意見を述べておられる。敬服する。そして被告やその弁護人を軽蔑する。

 本村さんが「君は殺意もなく、偶発的に人の家に上がり込み、2人の人間を殺したことになる。こんな恐ろしい人間がいるだろうか」というのに対し、被告は弁護人が交替した後で変わった意見の通りであるという。本当に恐ろしく、嫌らしい。何の罪も無い2人の命を奪っておきながら、自分は延命しようというのか。

 「人の命を身勝手にも奪ったものは、その命をもって償うしかないと思っています。それが、私の正義感であり、私の思う社会正義です。そして、司法は社会正義を実現し、社会の健全化に寄与しなければ存在意義はないと思っています」。全く同感である。

 記事を引用する。

 ↓ここから
 この裁判で意見陳述を行うのは2回目となります。その時(1回目)から5年以上の歳月が流れ、死刑判決が下される可能性が高まり、弁護人が代わり、そして君(被告)は主張を一変させた。

 私は、なぜ弁護人が最高裁弁論期日のわずか2週間前に交代したのか理解に苦しみます。加えて、最高裁の公判を欠席するなど許されない行為だと思っています。そして、弁護人が代わった途端に君の主張が大きく変わったことが、私を今最も苦しめています。

 最近では、被告人の主張が一変したことについて、弁護団の方々がインターネット上で裁判に関する資料を公開し、弁護団と君の新たな主張として、社会へ向けて発信しています。

 インターネット上で妻が絞殺されたときの状況を図解した画像などが無作為に流布され、私の家族の殺され方などが議論されている状況を決して快く思っていません。殺されている状況が図解されている妻の悔しさを思うと涙があふれてきます。怒りなのか、むなしさなのか、この感情をどのような言葉で表せばよいのか分かりません。ただ、家族の命をもてあそばれているような気持ちになるのは確かだと思います。

 しかし、このような事態になったのは、これまで認めてきた犯行事実を根底から大きく一変させ、私たち遺族だけでなく、事件に関心を寄せていただいていた世間の皆様もこの新しい主張が理解し難いことばかりであったことが原因だと考えています。

 遺族としては、弁護人が代わることで、ここまで被告人の主張が変わってしまうことが非常に不可解でなりません。私たち遺族は、一体何を信じればよいのでしょうか。

 A(被告実名)君、私は君に問いたい。

 君がこれまで、検察側の起訴事実を大筋で認め、反省しているとして情状酌量を求めていたが、それはすべてうそだと思っていいのですか。

 本当に、本法廷で君が述べていることが事実であると、私は理解していいのですか。

 しかし、私はどうしても納得できない。私は、ずっとこの裁判を傍聴し続けてきたが、どうしても君が心の底から真実を話しているように思えない。君の言葉は、全く心に入ってこない。

 たとえ、この裁判で君の新たな主張が認められず、裁判が終結したとしても、私には疑心が残ると思う。

 事件の真相は、君しか知らない。

 君が謝罪の言葉を述べようともその言葉は信じられないし、君が謝罪の手紙を何枚つづろうとも読むに値しないと思っている。少なくとも、この裁判が終結するまでは君の言葉は信じられない。

 そして、もし、ここでの発言が真実だとすれば、私は君に絶望する。君はこの罪に対し、生涯反省できないと思うからだ。

 君は殺意もなく、偶発的に人の家に上がり込み、2人の人間を殺したことになる。こんな恐ろしい人間がいるだろうか。

 私は、君が反省するには、妻と娘の最期の姿を毎日でも思い浮かべるしかないと思っていた。しかし、君は殺意もなく、生きたいと思い最後の力を振り絞って抵抗したであろう妻と娘の最期が記憶にないのだから、反省のしようがないと思っている。

 A君。私が君に言葉をかけることは、これが最後だと思う。

 最後に、私が事件後に知った言葉を君に伝えます。中国、春秋戦国時代の老子の言葉です。

 《天網恢々、疎にして漏らさず》

 意味が分からなければ、自分で調べてもらえればと思う。そして、この言葉の意味をよく考えてほしい。

 君が、裁判で発言できる機会は残り少ないと思う。自分がこの裁判で何を裁かれているのか、己の犯した罪が何なのか、自分が何を成さなければならないのかをよく考え、発言をしてほしい。

 そして、君の犯した罪は、万死に値する。君は自らの命をもって罪を償わなければならない。

 私は、事件当初のように心が怒りや憎しみだけで満たされるわけではありません。しかし、冷静になればなるほど、やはり妻と娘の命を殺めた罪は命をもって償うしかないという思いを深くしています。

 そして、私が年を重ねるごとに多くの素晴らしい出会いがあり、感動があり、学ぶことがあり、人生の素晴らしさを噛み締めています。私が人生の素晴らしさを感じるたびに、妻と娘にも本当は素晴らしい人生が用意されていたはずだと思い、早すぎる家族の死がかわいそうでなりません。

 私たち家族が共に暮らせるようになるまでは、決して順風満帆な道のりではありませんでした。

 妻にはいつも迷惑ばかり掛けてしまい、何のぜいたくもさせてあげることができませんでした。娘には、自分の名前の由来すら教えてあげることができませんでした。

 しかし、妻は、どんなに辛い時もいつも前向きで、明るい笑顔で私を迎えてくれました。本当に美しく尊敬できる人でした。娘はよく笑う愛嬌(あいきょう)のいい、おとなしいかわいい子でした。

 私たち家族の未来を奪った被告の行為に対し、私は怒りを禁じえません。

 人の命を身勝手にも奪ったものは、その命をもって償うしかないと思っています。それが、私の正義感であり、私の思う社会正義です。そして、司法は社会正義を実現し、社会の健全化に寄与しなければ存在意義はないと思っています。

 私は、妻と娘の命を奪った被告に対し、死刑を望みます。

 そして、正義を実現するために、司法には死刑を科していただきたくお願い申し上げます。
 ↑ここまで

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