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January 10, 2007

古地図の7割が「東海・韓国海」表記と、嘘を堂々と書く中央日報(今に始まったことではないが)

 中央日報のページに「古地図の7割が『東海・韓国海』表記」という記事がある。タイトルにあるような韓国の調査結果は、日本外務省の調査により捏造であることが、すでに明らかになっている。「韓国の言う『東海』の根拠はやはり嘘だった」を参照のこと。

 にもかかわらず、いまだに捏造記事を平気で載せる。これが韓国のレベルである。が、放っておくと嘘が本当のように思われる可能性がある。実際に韓国の「東海」キャンペーンで、朝鮮以外でも記述を日本海から東海にしたり、併記したりするケースが出てきている。外務省は面倒でも反論を続けて欲しい。我々もこのような地図やを見つけ次第、連絡するようにしたい。日本国内でも東海を併記したり「青海」への呼称変更を提案するマスコミがあるのだからなあ、どことは言わないが。

 外務省のページには「日本海」というパンフレットのPDFが公開されている(日本語、英語)ので、ぜひ一読してもらいたい。

 外務省のページから抜粋する。

 ↓ここから
 外務省は、2000年8月から10月にかけて、韓国と北朝鮮、日本を除く世界60か国において、在外公館を通じて市販地図等の調査を行った。その結果、調査した392枚の地図のうち、381枚(97.2%)が「日本海」という名称のみを英語又は現地語により使用し、残り11枚(2.8%)が「日本海」と「東海」等を併記、「東海」のみの使用は皆無であることがわかった。

 外務省は、2002年9月から11月にかけて、韓国と北朝鮮、日本を除く世界70ヶ国の主要国において、在外公館を通じて小学校から高等学校にあたる学校で使われている主な教科書及び地図帳の日本海の記載振りに関する調査を行った。その結果、調査した253冊のうち246冊(97.2%)には日本海とのみ記載されていることが判明した。他の7冊の教科書等には日本海と東海が併記されており、東海を単独で記載するものは、1冊もなかった。併記がみられた教科書等の出版社に対しては、在外公館より日本海の広報パンフレットを配布し、我が方の立場についての理解を求めたところ、その多くから次回改訂時に配慮するとの回答を得ている。
 ↑ここまで

 外務省の「日本海」パンフレットから抜粋する。

 ↓ここから
・日本海という名称が初めて使われたのは、17世紀初頭にイタリア人宣教師であるマテオ・リッチによって作られた「坤輿万国全図」。
・17世紀から18世紀にかけて、アジア大陸北東部や日本列島の形状が正しく認識されていなかったこともあり、この海域には中国海(Sea of China)、東洋海(OrientalSea or Ocean)、朝鮮海(Sea of Korea)、日本海(Seaof Japan)など様々な名称が使われていた。

・18世紀の終わりから19世紀の初めにかけて、フランス人ラ・ペルーズ、英国人ブロートン、ロシア人クルーゼンシュテルン等が日本海周辺を探検し、日本海の形状と沿岸の地形が明らかになった。この時期以降、ヨーロッパで作成された地図では「日本海」(Japan Sea、Sea of Japan)の名称が一般化し、国際的に定着。

・当時、日本は江戸幕府の下で鎖国政策をとっており、基本的に外国との接触は禁止されていた。鎖国政策が解除されたのは1854年であるから、18世紀の終わりから19世紀の初めにかけて、ヨーロッパ諸国が地図に日本海の名称を記載するようになったことは、日本とは直接の関係がない。また、青山氏、菱山氏・長岡氏と谷治氏の研究によれば、日本には古来より広い海域に名称をつける習慣がなかった。日本が「日本海」の名称を使用し始めたのは、ヨーロッパより遅かったのである。

以上のように、「日本海」という名称は18世紀の終わりから19世紀の初めにかけてヨーロッパにおいて確立し、その後、200年にわたって安定的に使用されてきたものです。従って、韓国側が主張するように、20世紀初頭、日本が植民地主義、軍国主義政策の観点から、「日本海」という名称の定着を図ったという韓国側の主張は正しくありません。
 ↑ここまで

 最後に、中央日報の記事から抜粋する。

 ↓ここから
学界では、高麗時代の文献などを類推解釈し、韓半島と日本の間の海が「東海(トンへ、日本名・日本海)」と呼ばれたのは少なくとも2000年前からだと考えている。 西暦414年に建てられた広開土大王碑にも東海という名称が登場する。

国政広報処が01年から3年間にわたり米国・英国・フランスの図書館などに所蔵された古地図594点を調査した結果、全体の71%にあたる420点が「東海(East Sea)」または「韓国海」(Sea of Korea)または「韓国湾」(Gulf of Korea)」と表記していた。 日本海(Sea of Japan)と表記された古地図は70点(12%)にすぎなかった。

日本海という名称が広く使われ始めたのは1929年から。海や海底地形の名称を決定する国際水路機関(IHO)が世界海図初版を作成しながら「日本海」と表記したためだ。日本の植民地だった韓国はこれに対して全く手を出せなかった。 こうした状況は91年に韓国政府が公式的に問題を提起するまで約60年間続いた。

政府は当時、国連に「東海」表記の正当性を主張した。 学界と市民団体も動いた。90年代後半、外国の地図業者・教科書製作業者・インターネット業者などを対象に東海表記改正要求運動が活発に行われた。大学生を中心に‘独島・東海の正しい表記運動’を繰り広げてきた「バンク(VANK)」という団体が率先した。この団体は機関と業者を説得し、「東海」表記や「東海・日本海」併記を誘導した。バンクのパク・キテ代表は「有名雑誌の『ナショナル・ジオグラフィック』など、これまで約300カ所の表記を変えるのに成功した」と語った。

IHOは02年に「日本海」表記が削除された世界海図を発行しようとした。 草案まで作った。しかし日本の反対で採択されず、改訂版作業自体が中断した状態だ。

「東海」を第3の名称で呼ぼうという提案も何度か出てきた。 43年に中国学界は「太平海と呼ぼう」という意見を出した。日本の朝日新聞は02年8月、「青く美しい海という意味を持つ『青海』は一つの提案」とした。 同じ意味で「滄海」という提案もあった。盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が述べた「平和の海」は金泳鎬(キム・ヨンホ)柳韓(ユハン)大学学長(元産業資源部長官)が80年代に初めて提示した。

政府は5月に開かれるIHO総会で東海に表記を正すよう要求する予定だが、IHOは「この問題は韓日両国がまず合意しなければならない」という立場だ。
 ↑ここまで

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