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August 18, 2006

「追悼のあり方 吟味の時」という朝日を吟味しないといけない

 朝日新聞のページに若宮啓文氏がコラム「風考計」を連載しているが、8月18日に、「追悼のあり方 吟味の時」というコラムを載せている。

 「他人に反対されるほどファイトがわくという小泉首相は、してやったりの心境だろうか。ついに8月15日の靖国参拝を断行した」。

 断行とは、無理や困難を押して物事を行うことだ。言葉遣いがおかしくないか。

 「21年前のこの日、『戦後政治の総決算』を掲げた中曽根康弘首相が閣僚たちを率いて「公式参拝」に踏み切った。あのとき取材に走った私には、高揚した首相の姿がいまの小泉氏に重なり合う」。

 あのとき、朝日が中国や韓国にご注進し、靖国問題が外交カードになってしまった。あのとき取材に走った若宮氏にも責任がある。おそらく高揚して取材にあたっていたのだろう。

 「中曽根氏は中国の反対で翌年の参拝を断念し、『国際関係は一方通行では行かない』とアジアとの和合を語るに至ったが、小泉氏は違う。中国や韓国の要望をはねつけ通した。どうだと胸を張りたいのかも知れないが、それは『一方通行』を押し通したに過ぎない」。

 当時のマスコミは、中曽根氏の靖国参拝を大々的に報じた。ほとんどが批判的だった。わしも、中曽根首相(当時)が大悪人かのように思えたほどだった。世論も今とは違って、マスコミの意向に沿っていた。今回は、世論も後押ししている(賛成がやや多い)。日本の意向だ。一方通行というのは中国や韓国の「要望」に対して言うことだ。

 「小泉氏は参拝を『心の問題』と強調する。だから誰にも侵されないのだ、と。しかし、小泉氏が師と仰ぐ福田赳夫首相が77年、アジア外交修復に打ち出した『福田ドクトリン』を思い出してみよう。キーワードは『心と心』の関係だった。相手の心も大事にすればこそ歓迎され、日本の立場も理解された」。

 中国や韓国に対して「相手の心」を大切にすれば、どうしても日本が折れることになる。まずは対等な関係で外交ができるようにすべきである。確か「福田ドクトリン」はASEAN諸国と相互信頼関係を築き上げようという事であったかと記憶している。もちろん中国と韓国だけが相手ではない。そして日本の経済協力や技術協力は成果を上げている。にもかかわらず「反日」を唱え続ける国があるのはどうかしている。

 「さて、その小泉氏にしても、刺激的な8・15参拝の強行は、これが最後との思いからだろう。我を通しても、ついにアジア外交の展望は開けなかった。小泉氏が涙する特攻隊ではないが、それなら退陣を控えて華々しく散ろう。実は、そんな追いつめられた気持ちもなかったか」。

 小泉首相にも特攻隊員にも失礼な言い方だ。首相の靖国参拝は、靖国カードがもはや通用しないということを中国・韓国に示した。華々しく散るどころか、首相に再登板してもらいたい位だ(靖国に関しては、だが)。

 「皮肉にも、小泉氏には大きな功績があった。おかげで多くの国民が靖国神社やA級戦犯について考え、ひいては遠くなりゆく戦争に再び目を向けたことだ。とすれば、せっかくの議論を生かさなければならない」。

 8月15日の靖国神社の参拝者が過去最高になった。何と1日に25万8000人だ。これは小泉首相の功績だろう。そしてその結論は出ていると思う。若宮氏とは反対の方向だろうが。

 「次の首相はその課題を背負っている。折しも、A級戦犯の合祀(ごうし)された靖国には参拝できないという、昭和天皇の思いも明らかになった。もはや追悼施設のあり方という根本問題を避けて、首相参拝の是非だけを考えることはできない」。

 「富田メモ」をろくに検証もせず、昭和天皇の思いが明らかになったと言い切る。余りにも杜撰だ。仮に真実だとしても、なぜ天皇の言葉を根拠にして靖国神社を批判するのか。朝日は「天皇制」廃止を望んでいるのではないか。ならば昭和天皇の言葉など朝日にとっては何ら意味は無いはず。自己矛盾だ。

 「すでに、いくつも出ている提案を真剣に吟味するときだ。まずA級戦犯の分祀案があるが、靖国神社が応じない。仮に分祀しても、『遊就館』のようにあの戦争を正当化する思想を神社がもつ限り問題は残り、天皇の参拝も難しいだろう」。

 遊就館を批判した社説を朝日が載せたら、それが中国紙に引用されて広まってしまった。朝日は中国の反日に加担している。また、あの戦争は日本にとっては自衛戦争であった。占領軍総司令官であったマッカーサー自身がアメリカで証言している。「侵略戦争」という見方は、占領時にアメリカから押し付けられたにすぎない。その効果はいまだに大きいが。

 「だから靖国を宗教から切り離し、純粋な国立慰霊施設にしてしまおうとの考えも出てきた。だが、改組でどこまで宗教色を除けるのか、かえって国家神道的なものが復活しないか。かつての国家護持法案と同じ矛盾がつきまとう」。

 靖国神社の運営を考えれば、国家管理にしてもよいのではと思う。「神道は宗教ではなく習俗だから、憲法違反ではない」という理屈は通らないものか。初詣や結婚式、七五三などで神社に参拝するし、近所には必ず神社があるし、祓う、清める、穢れ、などは日常になっている。

 「となれば、やはり新たな国立追悼施設をつくるのがよかろう」。

 宗教に基づかない追悼などあり得ない。それでは人は死んだら終りだ。そんなものに誰がありがたがって参拝するものか。

 「この案には『御霊(みたま)のいない所で慰霊・追悼はできない』という反発が寄せられがちだ。だが、昨日も日本武道館で行われた全国戦没者追悼式で、中央に立つ標柱には『全国戦没者之霊』とあった。一年ごとの木曽ヒノキの柱にすぎないが、天皇陛下も首相も毎年あの柱の前で頭(こうべ)を垂れ、追悼の辞を述べている」。

 若宮氏は「儀式」と「慰霊」を混同している(わざと屁理屈をつけているのか)。年に1度の儀式なら人も集まるだろうが、靖国神社のように毎日誰かが参拝するようなことはない。仮に国立追悼施設として木曽ヒノキの柱を建てたとして、毎日人が来るだろうか(反語)。

 「A級戦犯とは別に、靖国にこだわる遺族の気持ちもあるだろう。その点、千鳥ケ淵の戦没者墓苑は靖国にも近い。無名戦没者の遺骨が多く納められたこの地に慰霊碑を建てるなら、文字通り魂のこもったものになる。あらゆる宗教に開放し、追悼の対象も広げれば、21世紀にふさわしいものにできるだろう。公式行事はそこで行うこととし、靖国神社は神社として大事に残せばよい」。

 神社と墓は別物でしょ。大体「靖国で会おう」と言って散っていった戦没者との約束はどうなるのか。慰霊できるわけがない。それこそ無意味だ。

 「戦後61年、国民の合意を求めるときだ。納得できる案を得るために時間をかけ、それまで首相参拝は見合わせる。A級戦犯として祀(まつ)られた東郷茂徳・元外相(獄中死)の子孫から、そんな提案もされている」。

 では、東條英機元首相の子孫(東條由布子氏)は、「天皇の勅旨が靖国神社に派遣されていることをもってA級戦犯の合祀は天皇の許可を受けた上で行われている」「A級戦犯分祀は、あの戦争を侵略戦争と認めることになり、靖国の英霊に対し申し訳がない」と主張されている。都合の良い提案だけ取り上げるのは公器としてフェアではない。

 「新首相は広い度量で中国や韓国との修復に取り組むべきだが、両国にも注文がある。これを機に新たな発想をもてないか。戦後日本の平和路線を公平に教え、行き過ぎた反日教育を見直すなどだ。アジアの将来は3国の協調なしにありえない。『心と心』はお互いさまなのだ」。

 「お互いさま」と言う前に、日本と中国・韓国の国民性の違いや民度、統治の違いを考えるべきだ。また「アジアの将来は3国の協調なしにありえない」というが、アジアは3国だけではない。日本が中国・韓国以外のアジア諸国と協調し、中国・韓国(北朝鮮)を押さえ込むのが、アジアの平和と安全に寄与すると考える。民度の低い自己中心国家に、現代文明や武器を与えてはならない。アジアだけではなくもはや世界中に対する脅威になっている。

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