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July 23, 2006

「富田メモ」に狂喜する一部マスコミ

 昭和天皇が靖国神社へのA級戦犯合祀に不快感を示したという元宮内庁長官のメモが明らかになった。「富田メモ」である。

 これにより、一部マスコミではA級戦犯分祀議論に決着がついたと狂喜している。あるTV局(MBC)の番組では、「A級戦犯は戦争の加害者で、B・C級戦犯は被害者だ」と何度も解説していた。公共の電波を使って嘘をたれ流さないでもらいたい。

 21日の朝日新聞を読んだ。1面には次のようにある。

 「A級戦犯合祀は、自らのこうした戦争への苦い思いと、平和への『強い考え』(富田メモ)を理解していない、との天皇の憤りを呼んだことが裏付けられた」。

 2面では、「保守論壇の主張崩れる」という見出しの記事を載せ、「諸君!」、「正論」、「産経新聞」の主張を批判している。

 また、同日の朝日社説のタイトルは「昭和天皇の重い言葉」だ。一部を抜粋する。

 ↓ここから
 A級戦犯の合祀に対し、昭和天皇がかねて不快感を示していたことは側近らの証言でわかっていた。

 それなのに、昭和天皇が靖国参拝をやめたのは合祀が原因ではないとする主張が最近、合祀を支持する立場から相次いでいた。

 75年に三木武夫首相が私人として靖国参拝をしたことを機に、天皇の参拝が公的か私的かが問題になったとして、「天皇の参拝が途絶えたのは、これらが関係しているとみるべきだろう」(昨年8月の産経新聞の社説)という考えだ。

 こうした主張にはもともと無理があったが、今回わかった昭和天皇の発言は、議論に決着をつけるものだ

 現在の天皇陛下も、靖国神社には足を運んでいない。戦没者に哀悼の意を示そうにも、いまの靖国神社ではそれはかなわない。

 だれもがこぞって戦争の犠牲になった人たちを悼むことができる場所が必要だろう。それは中国や韓国に言われるまでもなく、日本人自身が答えを出す問題である。そのことを今回の昭和天皇の発言が示している。
 ↑ここまで

 A級戦犯だけでなく、B・C級戦犯も、国会で全会一致(共産党までも)で赦免が決まっている。これが当時の日本国民の総意だ。言うまでもないが、日本国憲法では「国会は国権の最高機関である」とある。所謂、国民主権である。赦免された以上、もはや「戦犯」ではないので、靖国に合祀されても構わない。

 朝日は憲法改正に反対の立場を取っている。そして皇室を軽視している(一般人と同じ敬称を使う等)。にもかかわらず、国民の総意を無視し、「昭和天皇のお言葉」を靖国批判のために最大限に利用する。恥ずかしいと思わないのか。

 そもそも東京裁判そのものが戦勝国による報復であり、「裁判」に値しない。したがって、A級戦犯などということ自体が間違っている。東京裁判史観からの脱却こそ戦後60年も経った今の日本に必要なことだろう。

 同日の産経新聞の社説と「正論」から引用する。出来れば産経新聞のページから全文を読んでもらいたい。

 社説「富田長官メモ 首相参拝は影響されない」
 ↓ここから
 昭和28年8月の国会で、「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」が全会一致で採択された。これを受け、政府は関係各国の同意を得て、死刑を免れたA級戦犯やアジア各地の裁判で裁かれたBC級戦犯を釈放した。また、刑死・獄死した戦犯の遺族に年金が支給されるようになった。

 戦犯は旧厚生省から靖国神社へ送られる祭神名票に加えられ、これに基づき「昭和殉難者」として同神社に合祀された。この事実は重い。
 ↑ここまで

 正論「慎みたい『富田メモ』の過大評価」(上坂冬子)
 ↓ここから
 いまA級戦犯をめぐる合祀(ごうし)や分祀(ぶんし)で、戦争指導者としての軍人に主眼が注がれているが、松岡元外相、白鳥元大使は文官である。2人とも日独伊三国同盟のために活躍した人物だから、天皇がこの同盟によほど反対しておられたと判断する根拠にはなろうが、それ以上の意味づけは軽々にすべきではなかろう。
 (略)
 このメモひとつを根拠にして、短絡的に、処刑されたA級戦犯を靖国神社から外せということになると、東京裁判であれほど天皇を戦犯リストに入れないために努力した東条英機元首相の主張とのつじつまが合わなくなる。
 (略)
 オーストラリアのウエッブ裁判長が天皇を戦犯にしたかったのに反して、アメリカは日本の戦後処理を円滑に行うために、天皇を戦犯とすれば収拾がつかなくなるのを見越してキーナン検事に外すよう指示したことから明らかなように、東京裁判はもともと裁判の名に値しない政治決着である。
 (略)
 富田メモに天皇のご発言が記録されていたのは、合祀後10年も経た昭和63年というのは時期がズレ過ぎていないか。
 ↑ここまで

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