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May 03, 2006

東京裁判を受け入れよ、批判するなという朝日社説 ひどすぎる

 朝日新聞の2日社説は「開廷60年 東京裁判を知ってますか」だ。知っているからこそ、日本は東京裁判史観から脱して、普通の国になるべきだと考えている。朝日はもちろん東京裁判史観べったりである。この社説も、東京裁判を否定せず受け入れろと言っている。こんな新聞が全国紙なのだからひどすぎる。順にみていく。

 「日本の戦争指導者を裁いた極東国際軍事裁判(東京裁判)が開廷してから、3日でちょうど60年になる。米国などの連合国が日本の侵略戦争を断罪し、政治家や軍部の責任を問うたこの裁判は、2年半に及んだ末、25人が有罪とされ、東条英機元首相ら7人が絞首刑になった。この7人に加え、判決前の病死や服役中の獄死を含め、14人がのちに戦死者とともに靖国神社に合祀された。小泉首相の靖国参拝で議論になるA級戦犯とは、この裁判で裁かれた指導者のことだ」。

 「日本の侵略戦争を断罪し」などと日本人が言うのはおかしい。大体朝日は戦争を煽っていたではないか。軍部の圧力ではなく、自発的であったことも明らかになっている。

 「ここ数年、首相の靖国参拝と絡めて裁判の正当性を問い直す声が出ている」。

 朝日はこういう声が気に入らないのだろう。

 「東京裁判に批判があるのは事実だ。後からつくられた『平和に対する罪』や『人道に対する罪』で裁くのはおかしいという指摘がある。原爆投下など連合国側の行為は問われず、判事団は連合国側だけで構成された。被告の選定基準はあいまいで恣意的だった」。

 事後法で裁くのは近代国家のすることではない。戦勝国の意見は取り入れられ、日本の弁明は悉く却下された。裁判という形を取った制裁でしかない。が、朝日は次のように言うのだ。

 「一方、評価もある。日本軍による虐殺や関東軍の謀略などが裁判で初めて明るみに出た。ナチスを裁いたニュルンベルク裁判とともに、戦争というものを裁く国際法の流れの先駆けともなった」。

 ニュルンベルク裁判では、戦争とは直接関係のないユダヤ人虐殺という大犯罪をとりあげている。日本とドイツとを同じように裁くことなどできない。第一、日本には独裁者など存在しなかった。もし指導力のある独裁者が存在していたら、こうもひどく負けなかったのではないか(もちろん昭和天皇は独裁者ではない)。

 「こうした否定、肯定の評価が入り交じった東京裁判をどう受け止めるべきなのか。戦後に生きるわれわれにとって難しい問題であるのは間違いない」。

 肯定の評価など少ないのではないか。後世の歴史家が東京裁判の評価を行うであろうが、当時から否定的な意見があり、そして今では否定的な意見が国際的にも増えている。東京裁判を日本人であるわれわれがどう受け止めるかは、そう難しい問題ではない。自虐史観から脱して、客観的に、そして数百年という範囲で歴史をみれば、おのずから評価は定まるはずだ。

 「はっきりしているのは、政治の場で裁判の正当性を問い、決着を蒸し返すことの現実感のなさである」。

 東京裁判には正当性などないのだから、政治の場で裁判の正当性を問い直すのは重要なことである。

 「あの裁判は、戦後日本にとって二つの意味で線を引く政治決着だった。国際的には、51年のサンフランシスコ平和条約で日本は東京裁判を受諾し、国際社会に復帰を果たした。平和条約は締約国の対日賠償を基本的に放棄することもうたい、それとセットで日本は連合国側の戦後処理を受け入れたのだ。国内的には、A級戦犯に戦争責任を負わせることで、他の人を免責した。その中には、昭和天皇も含まれていた」。

 51年当時、朝日は全面講和を唱え、サンフランシスコ平和条約に反対していた。偉そうなことは言えないはずだ。また、東京裁判を受諾したのではなく、諸判決を受諾したのだ。そして戦犯の釈放も条約締結国の許可を得て行っている。何も問題はない。

 「国内的には~」という文では、昭和r天皇を戦犯にしたかったという朝日の願望がにじみ出ているように読める。

 「裁判は不当だという立場を貫くなら、あの戦後処理をやり直せと主張するに等しい。講和を再交渉し、米国をはじめ世界の国々との関係も土台から作り直す。そして戦争犯罪は自らの手で裁き直す。こんなことが果たして可能なのだろうか。裁判の限界を歴史の問題として論じることはいい。だが、言葉をもてあそび、現実の政治と混同するのは責任ある政治家の態度とは思えない。裁判を否定したところで、日本の過去が免責されるわけでもない」。

 「裁判は不当だという立場を貫くなら、あの戦後処理をやり直せと主張するに等しい」というのは明らかに間違い。「日本の過去が免責されるわけでもない」のではなく、日本の名誉を回復せねばならないのだ。

 「朝日新聞の最近の世論調査で、驚くような結果が出た。聞かれた人の7割、とくに20代の9割が東京裁判の内容を知らなかった。そして、東京裁判や戦争についての知識の少ない人ほど、今の靖国神社のあり方を是認する傾向がある」。

 「そして~」は嘘っぽい文章だ。東京裁判や戦争についての知識があるから、靖国神社のありかたも是認できるのだ。東京裁判史観、自虐史観に洗脳され、日本は侵略戦争をしたとか悪いことをしたと教え込まれていたら、当然、首相の靖国参拝を悪いことのように捉えてしまうだろう。かつての自分がそうだった。朝日が中曽根首相(当時)の靖国参拝を批判する記事を大々的に載せたとき、首相が悪いことをしたかのように思ってしまったのだ。歴史を知っていたらそうはならない。

 「歴史を知らずして、過去を判断はできない。まずは歴史と向き合うこと。東京裁判60年を機会に、改めてその重要性を考えたい」。

 歴史を知らずして(知らぬ振りをして)、過去を断罪しているのが朝日である。東京裁判60年を機会に、改めてその無効性を考えたい。

 参考文献:
 児島襄「東京裁判(上、下)」(中公文庫)
 小堀桂一郎「東京裁判 日本の弁明」(講談社学術文庫)
 佐藤和男「世界がさばく東京裁判」(明成社)
 田中正明「パール判事の日本無罪論」(小学館文庫)

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