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音リスト

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January 2005

January 31, 2005

靖国と日本人の心の続き

 「靖国と日本人の心」(産経新聞社)の初めに載っている、久保田武さん(当時33歳)の遺書が心を打つ。その気持ちは子供を持つ親ならわかるであろう。尊い命を犠牲にして国のために戦った人たちに感謝し、靖国に参拝しよう。修学旅行で広島の原爆ドームを見て「過ちは繰り返しません」なんて言うよりも、靖国を参拝して遊就館を見学したほうが、よほどためになる。特に、日教組の主義主張を鵜呑みにして自分の頭で考えようとしない社会科の先生方に、お薦めします。

 和子よ、父は君國のため、喜んで戦場の露と消えました。父は笑つて死にました。父がこの世に残す思ひは、唯々お前のことだけなのですよ。父なき後は、母の教へに従ひ、立派な女性となり、若くしてその夫を失へる不幸な母を、幸福にして上げなければいけません。
 父の肉体はすでに無く、父の顔は永遠に見られぬけれど、父の霊魂は九段坂の上から、いつまでもいつまでもお前とお前の母の幸福を祈つて守つてをります。
 お前の三歳の姿を、私の魂は抱き続けてゐます。再びいふ。母の訓へに従ひてよき女性となり、幸うすかりし汝の母への孝養を、汝の任務と知れ。
 和子チャン                      父

また涙ぐんでしまった。

January 29, 2005

酒鬼薔薇の出所後の住所を公表せよ

 あの酒鬼薔薇が出所した。しかし昨年12月には精神科の女医に襲いかかり、暴行未遂事件を起こしている。酒鬼薔薇の異常な性行動が矯正されたとは思わない。酒鬼薔薇は殺した少年の頭を切断するときに射精していたのだ。
 私の友人の知人(つまり赤の他人)で、最初に金髪女性のヌード写真を見て射精したので、それからずっと日本人の女ではダメだったやつがいる。普通でさえなかなか治らない。
 アメリカでは性犯罪者の住所を公開している。性犯罪者にチップを埋め込んで、どこにいるのか追跡できるようにした州もあるという。この間の奈良の女児誘拐殺人も再犯だった。もし酒鬼薔薇が再犯したら誰が責任を負うのか。まず総責任者である南野法務大臣の名前を記憶しておこう。
 酒鬼薔薇の事件発生当時の捜査・報道状況について書かれた本がある。つい読み返してしまった。当時の大騒ぎぶりが思い出される。
 ・産経新聞大阪本社編集局「命の重さ取材して」(産経新聞社)

靖国と日本人の心

 平成15年8月に正論創刊30周年記念臨時増刊号として「靖国と日本人の心」(産経新聞社)が発行された。執筆・対談は、中西輝政、小堀桂一郎、安倍晋三、石原慎太郎、呉善花、出雲井晶、黄文雄、金美齢、謝雅梅、西尾幹二、など豪華で(以上、敬称略)、読みごたえがあった。
 先日の靖国訴訟に関して一言だけ引用する。「神社参拝という日本人に伝統的な形をもって、しかも国事殉難者を祀ってきた由緒ある靖国神社において、国家が慰霊を行うことはきわめて自然な国政行為といえるだろう」(呉善花「韓国人はいつの日か『靖国』を理解できるのか」より)。

January 28, 2005

沖縄靖国参拝訴訟 原告が全面敗訴

 当然の判決だ。首相の靖国参拝を違憲というのは、憲法を字義通りに解釈するからだ。憲法原理主義である。靖国参拝は社会的儀礼として受容されるべきものと考える。日本のために命を落とした人々を国が大切にしないのならば、誰が国のために犠牲になろうと思うだろうか。これはどこの国でも当たり前の事である。
 例えばアメリカのアーリントン墓地には、南北戦争や第1次世界大戦、第2次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争などの戦死者が祀られている(例:「アーリントン墓地に想う」参照)。あの田中真紀子でも、外相のときにアメリカを訪問したが、何の文句も言わずにアーリントン墓地を参拝している。
 朝日新聞のページによると「一連の裁判で、(憲法判断だけでなく)参拝の性質についても判断しなかったのは初めて」という。特に理由がなければ判断などする必要はない。判決の「参拝で原告らの法的権利ないし利益が侵害されたと認められず、被告らの責任を判断するまでもない」ということだ。産経新聞のページには、判決後の原告の意見が載っている。
 「極めて不当。真正面からの憲法判断などを求めたのに、一切を回避し、損害がないので判断の必要がないという逃げの判決だ」。
 一連の靖国参拝訴訟が何を目的としているかがわかる。賠償請求ではなく、違憲判断そのものを求めているのだ。昨年4月の福岡地裁は賠償請求を棄却したのに、「靖国参拝は違憲」という判断をしてしまった。原告は「勝訴」と大喜びをしていた。彼らのやろうとしている事は、日本の国柄を貶めようとしているだけである。

「渡来」と「帰化」の意味の違い

 前回の最後に触れた、「渡来」と「帰化」の意味の違いについて補足する。
 辞書を引いたら一目瞭然だ(goo辞書より)。

  ・渡来: 外国から海を越えて渡ってくること。舶来。
  ・帰化: 本人の希望によって他国の国籍を得て、その国の国民となること。

 古代の文献や記録で「日本」という国名が出てくるのが7世紀半ばである。従ってそれまでは日本列島には国がなかったと考えているようだ。国がないのだから朝鮮半島から日本列島に来た人が「帰化」できる訳が無く、「渡来」したという事になる。このようにして、倭国や大和朝廷(そして万系一世の天皇)を否定するわけだ。
 資料に書かれていなければ国が存在しないという馬鹿げた論理が通用するのであれば、逆に資料に書かれていれば存在するという論理も認めるべきだ。そして古事記や日本書紀に書かれている神武天皇を歴史上実在したと認めてみればよい。最近の研究では、古事記や日本書紀の記述は、神話の部分も全くの空想ではなく、何らかの事実が反映されているという。
 金達寿「日本の中の朝鮮文化(シリーズもの)」(講談社文庫)でも頻繁に「渡来」という言葉が使われている。金達寿が最初に「帰化」を「渡来」と言い換えはじめた、と聞いている。司馬遼太郎も「街道をゆく 湖西のみち/近江散歩」で、散々「渡来」と言っている。司馬氏と金達寿との対談本(タイトル忘れた)でも、同様だ。
 天智天皇の治世(近江朝)に、朝鮮半島から多くの人々が日本に移り住んでいる。自虐的な日本の歴史教科書では「渡来人が技術を教えた」と書かれ、韓国の国定歴史教科書では「技術を教えてあげた」という書き方になる。だが大和朝廷は、多くの帰化人を高官として迎え領地を与えたりしている。だから、朝廷から任された領地に朝鮮人の名前が残ったりしているのだ。つまりGive and Takeであって、特に有り難がる必要はないと言える。
 このような事実を見えなくするのが「渡来」という言葉だ。気をつけよう。

January 27, 2005

外国籍管理職―時代が分からぬ最高裁?

 27日の朝日の社説は「外国籍管理職―時代が分からぬ最高裁」だ。予想通り最高裁判決を批判している。「企業や自治体が採用や昇進で国籍による差別を減らそうと知恵を寄せ合う時代に、なんとも後ろ向きな判決である」と言う。しかし国籍条項は差別ではない。同日の産経の社説に「永住外国人地方参政権の問題とも共通するが、外国人が公務員の管理職に就けないのは、差別でなく国籍の問題である」とはっきりと書いている。
 朝日は「そもそも『日本国籍を持たない公務員は管理職になれない』と定めた法律はない。重大な施策に携わる公務員に国籍が必要なのは『当然の法理』とした半世紀前の政府見解だけだ。それと大差のない最高裁の判決はいかにも古めかしい」と言う。古いものは悪いものというのは論理的にも現実的にも正しくないので、理由にならない。なぜこのような文章が社説に書けるのか。もしかしたら読者を馬鹿にしているのか?
 朝日の社説では「国籍による就職差別をなくせという声は主に関西の在日韓国・朝鮮人から起こった」とある。であれば「そんなに働きたいのなら日本の国籍を取ればいいじゃないか」と思う。しかし「過去の日本とのかかわり、先祖や親兄弟、故国に寄せる思いから、日本国籍を取る気になれないという人も少なくない」と続ける。
 戦後日本に残った在日韓国・朝鮮人のほとんどは、徴用ではなく自らの意思で日本に残った。それから60年。いまだに国籍無しでいるのは逆におかしい。先祖や親兄弟、故国に寄せる思いが強いのなら韓国・北朝鮮籍を取るべきだ。それが出来ないのなら、日本国籍を取得し朝鮮系日本人になればいいのではないか。その方が自然だ。飛鳥時代には、百済から多くの人が日本に帰化したのだし(大和朝廷という政府がある以上、渡来というのは不適切)。

国籍条項による都の管理職試験拒否について

 敗訴した原告はテレビで「日本には来るな!日本で働かないほうがいい、と外国籍の人に言いたい」、とか「人間として扱われない」とか「哀れな国だ」とか言ったらしい(私はテレビを見ないので未確認)。それが本当なら、「ではなぜ原告は日本に居るのか」を問いたい。そして「なぜ公務員として働いているのか」。それほど日本が嫌いなら日本のために働くことなどできないのではないか?
 もし原告の両親が戦後朝鮮半島に帰っていたらどうなったか?「光復」どころか、朝鮮戦争で命を失っていたかもしれない。であれば、今まで無国籍のまま日本に居られたことを幸運に思えないものか。他国ならこんな中途半端な状態は考えられないから。日本の思いやり(か、問題先送り体質)のおかげだ。
 どうしても管理職になりたかったら帰化すればよい。でも帰化するのは嫌、というのは単なるワガママのように思える。

ソウルの漢字表記、好きにすれば?

 韓国がソウルの漢字表記を「首爾」に変更したら、中国は認めなかったそうだ。読売新聞によると、「ずっと『漢城』を使用してきた中国がこれに応じる気配を見せず、中韓の足並みの乱れが露呈している」という。
 韓国では、戦後、漢字を使うのをやめ、ハングル文字だけを使うようになったため、国内ではどんな漢字でもいいんじゃないか。韓国は漢字文化圏のくせに、漢字を捨てた。日本語で例えると、平仮名だけで文章を書くようなものだ。例えば平仮名で「ついきゅう」と書かれていても「追求」、「追及」、「追究」などの同音異義語がある。前後の文脈で判断できなければ、どの意味なのかわからない。だから、ハングル文字だけで文章を書いても正しく意味が伝わらない場合がある。特に高度な思考を表す哲学の分野が問題らしい。この辺りは、呉善花「『反日』を捨てる韓国」(PHP研究所)の後半に詳しい(前半は金融危機に陥った韓国は反日を捨て日本に頼るだろうとあったが、現実には、反日は捨てなかった)。
 漢字の使用を止めたのは、ハングル文字が世界一だという考えによる判断らしい。韓国では1948年10月に「ハングル専用法」が公布され、公文書はハングルで書くことが決まった。15世紀中頃、朝鮮王朝の世宗王が学者に命令して朝鮮固有の文字を作らせて出来たもの。一般の多くの国民は漢文を読んだり書いたりできないというのを哀れんだためという。しかし、当時の両班は漢文を使い続けたため普及しなかった。普及したのは、1910年に日本が朝鮮を統治し、学校を作り、ハングルを教えるようになってからである。「日帝」の「植民地支配」時にハングルを教えるのを禁じたと思っている人がいるようだが、事実はまるで逆だ。

海老沢氏がNHK顧問に就任

 タイトルの通り。なめとんか、NHK。なんか世間一般の感覚とずれているんじゃないか。

 ところで、海老沢氏が数年前ある新聞のインタビューで「NHKは視聴者に良い番組を提供し、納得してもらっているから、受信料をもらっている」と断言していた。じゃあ、放送法32条がなくても受信料を払ってもらえると思っているのか!押し売りと同じ集金方法をすぐ止めろ。自分は「押し売り」が自宅に来るのが鬱陶しいという理由だけで受信料を支払っている。テレビなどほとんど見ないのに。NHKは受信料収入で資金が潤沢なはずなのに、なぜ再放送が多いのだろう?
 地上浪が全てデジタルになり、多チャンネル時代になったら、放送法も改正するんだろうな。NHKも電波の受信者ではなく、視聴者に視聴した分だけ費用を払ってもらうようにするんだろうな、きっと。それが普通のビジネスだもんな。

 放送法第32条を下に書く。NHKだけ受信(受像)しないテレビがあればいいんだな?きっと。誰か作ってくれ。
第32条 協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。ただし、放送の受信を目的としない受信設備又はラジオ放送(音声その他の音響を送る放送であって、テレビジョン放送及び多重放送に該当しないものをいう。)若しくは多重放送に限り受信することのできる受信設備のみを設置した者については、この限りでない。

ケータイ用ブラウザ

 ケータイでPC向けのページを閲覧できるブラウザ「Scope」が無料公開された。17日に一度公開されたが、アクセスが集中したため公開を停止し、26日に再公開された。
 505iとか506iなどで使えるJavaアプリとの事。早速ダウンロードして使用。綺麗に表示されるが、スクロールが遅いので、一寸...。あと、文字コードがSJISとEUCにしか対応していないので、化けるページがある。

January 26, 2005

国籍条項による都の管理職試験拒否は合憲

 当然の判決と考える。
 産経新聞のページが詳しい。「内閣法制局が1953年に外国人の国家公務員任用で示した『公権力の行使または国家意思の形成への参画に携わる公務員となるためには日本国籍が必要』とする見解。旧自治省は73年、地方公務員にもこの法理が当てはまるとした」とある。
 ひどいのは、中日新聞のページの見出し。「東京都の国籍差別は合憲 最高裁大法廷が初判断」とある。差別と言い切るのは不適切。中日新聞は朝日をよりストレートにしたような記事が載ることがあるが、もう少し勉強したらどうか。

ブラックバスの規制対象種指定について

 産経のページによると、「ブラックバス指定、前提に 自民党自然小委が方針」(01/26 12:00)との事。一旦先送りになったのに、なぜ一転して指定される方針になったのかで、もめているようだ。
 私の意見としては、ブラックバスだけでなく、ブルーギル等の外来魚もまとめて規制してほしい。釣りの愛好家が反対しているようだが、所詮レジャーである。鮎や鮒の漁獲を生業としている人には死活問題だ。
 鮎や鮒などの在来魚の減少について、公害の方が問題だという人もいる。しかし、外来魚も原因になっている以上、規制すべきと考える。
 公害(水質汚濁)について、企業の工業排水が問題にされるが、もっと問題なのは、家庭排水、更には農業で使う農薬汚染の影響だ。なぜ私企業が攻撃され農家が見逃されるのか。このあたりも気をつけてみよう。

January 25, 2005

DVDドライブが壊れた

 DVDドライブが壊れた。クリーニングしたり、メディアが悪いのかとあれこれ試していたがそうではなかったのだ。買ってまだ半年ほどしか経っていない。DVD+、-、RAM対応のドライブだ。バルク品(通常のパッケージなどではなく、OEM向けなどに一括納入された製品を小売りしたもの)なので、メーカ保証がなく修理できない。
 それにしても壊れるのが早すぎる。店頭には「日立製」と書いてあったので購入したのだが、実は韓国のLG電子という会社の製品であった。日立との合弁会社で日立LGというのがあるが、店員がそれと間違っていたものと思われる。
 韓国製と判っていたら絶対に買わなかったのだが、不覚であった。例えば新品のソーテックパソコンを購入したら、未開封の梱包箱 から中古パソコンが出てきたという話があります。
 ・洪思重「井戸の中の韓国人」(千早書房)
  なんか読むと、日本はまだまだよい国に見えます。

ワールドカップの10大誤審疑惑

 国際サッカー連盟がワールドカップの「10大誤審疑惑」を選定したが、4件が2002日韓ワールドカップの韓国試合によるものだ。当時、サッカーにうとい私も「おかしいんじゃないか」と思っていたが、プロが見てもやはりおかしかったわけだ。
 東亜日報にこの記事があった。「韓国サッカーの『ワールドカップ4強神話』に致命的な傷をつける資料が出た」。当時、4件の誤審については「海外メディアの反応が鮮明に分かれていた」のに、「問題はFIFAがこれを公式的に資料化したこと」だという。記事の最後に「日韓ワールドカップ当時、FIFAのブラッター会長は『審判たちが韓国を助けたという陰謀論は一考の価値もない主張だ』と一蹴していた」とあるが、自分の責任問題になるので、認めなくて当たり前と思われる。
 元々日本で単独開催するのがほぼ決まっていたのに、政治力で共催にしたのが韓国。呼称をJapanが先は駄目と言いKoreaJapanにさせたのは韓国。日本は早くに敗れたけど共催告の韓国を応援しに行くお人好し。もし韓国が日本より先に負けたらどうなっていただろう。大層な反日騒ぎにならずによかったと思う。
 さて、本当はどうなの?とネットを見ていると、やはり「韓国人に汚された2002年W杯を僕たちは決して忘れない」というのが見つかった。なるほど。韓国には前科がある。それは、ソウルオリンピックだ。(以下略)

女性基金?

 朝日新聞の本日朝刊の社説は、「女性基金――この遺産を未来へ」というタイトルだ。
 「慰安婦問題は80、90年代になってようやく元慰安婦らが名乗りをあげることができて、歴史の闇から浮上した。平和条約を結んだときはもちろん、韓国や中国と国交を正常化したときにも問題にされなかった。だから、新たに国家補償が必要だという声が上がった」、とある。当時の貧しさや社会の状況を考えれば、慰安婦として売り飛ばされても仕方がない時代であった。それを今の感覚で補償を持ち出すのはおかしい。そもそも当時、本人か家族が何らかの金を受け取っているはずだから。
 当時の村山富市首相は、例の「村山談話」でアジアに謝罪し、震災で多くの被害者を見殺しにした責任者だ。その村山氏が設立した基金だ。
 社説では、「だが、日本の過去の影の部分を認めたくない人たちからは、『慰安婦は国が強制したものではなかった』と批判を浴びた」とある。「日本の過去の影」というが、上で書いた通り、当時の時代を考えれば仕方がないし、日本は慰安婦集めに関与していない。偏見のある記述である。
 また、「一方、あくまでも国の責任を追及する立場からは、『国家の責任をあいまいにする』と非難された。国内だけではない。韓国や台湾では、支援団体が激しく反発した」と書く。あっさりと書いているが、つまり、この基金ができて慰安婦問題が収束すると、日本政府を攻撃する材料がなくなってしまうので困るということだ。
 基金からは、「首相から一人ひとりに『心からおわびと反省の気持ち』を表す手紙も渡した」とある。その手紙を見つけた。次に転載するが、従軍慰安婦集めについて軍は関与していない。撤回してもらいたい。

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拝啓

 このたび、政府と国民が協力して進めている「女性のためのアジア平和国民基金」を通じ、元従軍慰安婦の方々へのわが国の国民的な償いが行われるに際し、私の気持ちを表明させていただきます。

 いわゆる従軍慰安婦問題は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題でございました。私は、日本国の内閣総理大臣として改めて、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを申し上げます。

 我々は、過去の重みからも未来への責任からも逃げるわけにはまいりません。わが国としては、道義的な責任を痛感しつつ、おわびと反省の気持ちを踏まえ、過去の歴史を直視し、正しくこれを後世に伝えるとともに、いわれなき暴力など女性の名誉と尊厳に関わる諸問題にも積極的に取り組んでいかなければならないと考えております。

 末筆ながら、皆様方のこれからの人生が安らかなものとなりますよう、心からお祈りしております。

敬具

  平成八(1996)年

           日本国内閣総理大臣  橋本龍太郎

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首相答弁:NHK番組改変問題

朝日新聞のページにに、「首相『検閲にあたらず』と国会答弁 NHK番組改変問題」(01/25 19:03) という記事があった。その中で、次のようにある。
 共産党の穀田恵二国対委員長が「NHKの番組を『明確に偏った内容』とする立場の安倍晋三・自民党幹事長代理が『公正中立に』と言ったこと自体が、番組内容への政治介入となることは明らかだ。事実上の事前検閲に当たり、放送法3条に反することは明白と考えないか」と質問したのに答えた。

 放送法について調べてみた。第3条は次の通りで、なるほど、放送法3条に反すると思ってしまう。
(放送番組編成の自由)
第3条 放送番組は、法律に定める権限に基く場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない。

 ところが、その条文には続き、すなわち第3条の2がある。びっくりしたなー。調べて見るものだ。
(国内放送の放送番組の編集等)
第3条の2 放送事業者は、国内放送の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。
1.公安及び善良な風俗を害しないこと
2.政治的に公平であること
3.報道は事実をまげないですること
4.意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること

 政治介入云々以前に、NHKが放送法第3条の2に違反していることは明白ではないか。
 共産党は、放送法の都合のよいところだけを抜き出して問題にしている。だまされてはいけない。他の野党も同じような事をいうかもしれない。気をつけよう。そうそう、朝日は放送法だけでなく、憲法違反だと言っていた。同じ穴のムジナである。

大好きだった富士通

 日本のコンピュータ業界における富士通の果たした役割はかなり大きいと考えている。
  ・田原総一朗「日本コンピュータの黎明 富士通・池田敏雄の生と死」(文春文庫)
  ・立石泰則「覇者の誤算 日米コンピュータ戦争の40年」(講談社文庫)
 一般にはコンピュータと言えばパソコンを思い浮かべる人が多く、そのため日本のコンピュータメーカといえば、NECを1番に挙げる人が多いようだ。以前は日本のパソコンシェア6割以上を占めていたのだから。
 で、私はNECが嫌いで、富士通に走ってしまったわけだ。富士通FM-7シリーズのCPUはモトローラの6809で8ビットながら、汎用機のCPUの設計思想を受け継いでおり、インテル8086にはない美しさがあった。アセンブラでプログラムを組んだらよくわかる。また、OS/9というOSが動作した。これはマルチユーザ/マルチタスクのOSであった。例えば画面を2分割して、それぞれで別のプログラムを同時に動かすとか、2つのプログラムを連携させて動かすとかが可能であった。MS-DOSなんかシングルユーザ/シングルタスクだから、いくらCPUが16ビットや32ビットになっても使い勝手は悪かった。
 富士通の沼津工場に見学に行った事がある。そこに、池田敏雄氏のノートや当時のコンピュータが展示してあった。国産コンピュータを成功させ普及させたのは富士通の功績である。「ともかくやてみよう」というチャレンジ精神が旺盛な会社であった。ところが...
  ・城繁幸「内側から見た富士通 『成果主義』の崩壊」(Kobunsha paperback)
 富士通はどうもモノ作りを軽視しているようだ。それでは他のサービス企業と変わりないじゃないか。私は上の本の結論と意見が合わないのだが、成果主義なんかやめてしまって、年功序列に戻すほうがよいと考えている。バブル崩壊までは、誰も終身雇用や年功序列に異論はなかったはずだ。逆に「日本型経営」として賞賛されていた。今、日本企業の強みを自ら放棄し、欧米企業と同じ土俵に上がる必要はないのだ。

NHK番組改変がこんな記事に

朝鮮新報(日本語)のページを見た。以下、一部抜粋。
 最近、朝日新聞は、2001年1月30日にNHKが放送したシリーズ「戦争をどう裁くか」の第2回「問われる戦時性暴力」の内容が現自民党幹事長代理の安倍晋三と経済産業相の中川昭一ら極右保守政治家の圧力によって、放映直前に日本の戦争責任を覆い隠す方向で大幅に修正されたと伝えた。
 東京の都心で日本の反人倫犯罪を裁いたこの法廷について、世界の多くのマスメディアは詳しく大々的に報じたが、日本のマスメディアはほとんど沈黙を守った。
 問題は、言論の中立性と公正さについてけん伝している日本の報道機関がいくらかの金銭に目がくらんで右翼勢力の積極的な代弁者として歴史わい曲と反朝鮮宣伝の先頭に立っていることである。
 日本は、見込みのない歴史わい曲、軍国化策動を直ちに中止し、今からでも忌まわしい反人倫的な過去の犯罪を正しく清算することに早急に乗り出すべきである。


ボードゲーム

 ここ数年、ボードゲームが流行ってきているそうだ。テレビゲームよりも、目の前にいる人間相手にゲームをする方が面白いという事らしい。どちらにもそれぞれの面白さがあるんだけど、ファミコンブーム以来、人気がテレビゲームに偏っていたからね。
 考えてみれば、自分が子供の頃はボードゲームっ子だった。小学生になる前からトランプ、花合わせ、坊主めくり、スゴロクをやっていた。小学生になったら「家庭版」といって、1箱に10種類くらいゲームが入っていたのをやっていた。バンカースとか名探偵ゲ0ムもあった。小学校4年生の時に「人生ゲーム」を買ってもらった。確か\1,700だった。それから「モノポリー」。ルールの日本語もいい加減で、遊んでる連中もガキだったので、適当なルールで遊んでいた(プレイヤー間の交渉なしとか)。あと、面白いところでは、「ドライブゲーム」、「国盗合戦ゲーム」、「木枯し紋次郎ゲーム」など。当時は気付かなかったけど、これ3つとも任天堂のゲームだった。まさか子供の頃から任天堂にハマっていたとは。
 後は、オセロ、将棋、チェス、五目並べといったところか。ポンジャンを友達の家で一回だけやったことがあったが、面白くなかったので、続かなかった。その頃やっていたら、麻雀がもっと強くなったのではと思われる。
 さて、自分の子供もやっとゲームが出来るようになった。嬉しい限りである。「モノポリー」、「人生ゲーム」は当然として、「ポケモンのカードゲーム」もやる。最近のゲームで、「ガイスター」、「カルカソンヌ」、「ミッドナイト・パーティ」などもやる。
 たまたま、子供向けのオモチャ屋で知ったのだが、世界のボードゲームを広める会「ゆうもあ」というのがあり、会員になりたい気持ちで一杯だが、まだ申し込んでいない。
 ホードゲームを紹介した本だが、カラーで非常に綺麗で見やすいのがある。眺めているだけでも、ボードゲーム好きなら、時間の経つのも忘れてのめりこんでしまうはずだ。
  ・オフィス新大陸編「ボードゲーム天国(パラダイス) 01」(竹内書店新社)
  ・オフィス新大陸編「ボードゲーム天国(パラダイス) 02」(竹内書店新社)
  ・オフィス新大陸編「ボードゲームキングダム Vol.1」(エンターブレイン)

ウィザードリィ

 突然ゲームの話をする。サーテックという会社が作った、「ウィザードリィ」というパソコンで動くRPG(ロール・プレイング・ゲーム)がある。第1作目は1981年に出され、8作目まで出ている。ファミコンで1~3作目が、スーパーファミコンで5~6作目が出たので知っている人も多いと思う。プレステでも1~5、7作目が出た。
 歴史的なPC-RPGと言えば、このWizardryかUltimaかだ。Ultimaは今ではオンラインRPGに進化してしまった。私はずっとWizaedry派だ。とは言ってもファミコン版からやり始めたので偉そうなことはいえないが。
 私はDOS/V版(と言っても通じないか)のWizardryの1~7作目と、Windows版の8作目を持っている(残念ながらクリアしたのは1作目だけというひどい状況)。で、Wizardryは5作目までがAppleIIというパソコン(と言っても知らんか)用で出されていた。この5種類あるAppleII版全てのソフトと、AppleIIエミュレータをCD-ROMに収録し、本誌を攻略本になった本があった。鈴木常信「ウィザードリィコレクション」(ローカス)である。たった\2,800で5作のWizardryが楽しめるのだ。本屋で見つけたら、即購入だ!
 Wizardryと似ている(?)ゲームで、ダンジョンマスター(Dungeom Master)というのがある。FM-TOWNS用に初めて日本語版が出て、攻略本なしでほぼクリアした。マッピングするのが大変だった。

January 24, 2005

NHK番組改変疑惑の世論調査

 NHK番組改変疑惑の世論調査をネットでやってますね。
 リアルタイム世論調査@インターネット
 ・NHK番組改変疑惑(誰が悪いのか)
 ・NHK番組改変疑惑(朝日新聞はどこが悪いのか)
 他にも、
 ・公明党は政教分離しているか
 ・対北経済制裁についてのメリット・デメリットについて
 などについても回答受付中でした。
 過去の調査結果もあり、参考になります。

 朝日も、「民主主義」とか「市民(国民とは言わない)の意見を大切に」とか言うのなら、少しは耳を(目を?)傾けたらどうか。でも自社ページでのアンケートで想定外の結果がでたら途中で止めてしまうような会社だからねえ。「結果ありき」なんだよね、結局。

ノロウィルス

 21日(金)の夜から、吐き気、発熱があり、翌日医者に言ったら「ノロウィルスに感染した可能性が高い」との事。特効薬がないので、胃薬で吐き気を抑え、解熱剤を飲み、症状が回復するのを待つしかない。のどが渇いても体が水分を受け付けようとしないし、食欲はまったくない。22~23日は、1日にパン1切れしか食べ物を口にしていない。それも解熱剤を飲むために無理やり口に押し込んだようなものだ。
 今だいぶましになったので調べてみたら、主症状は吐き気、嘔吐、下痢、腹痛であり、発熱は軽度だそうで、ほぼ合っている。原因として生ガキによる食中毒が多いようだが、ここ数日そんな美味いものは食べていない。どこで感染したのか?
 医者によると、便を検査したらノロウィルスかどうか原因はすぐにわかるということであったが、結果が出るまで5日ほどかかるそうで、それまでに治ってしまえばいいかと思い、検査はしていない。検査代も馬鹿にならないし。
 今、久しぶりにパソコンの電源を入れた。今朝はおかゆが食べられた。体力の弱いじいさんばあさんが感染してなくなってしまうのも無理ないわ。本当にしんどいから。明日からは、このBLOGちゃんと更新できるかな、多分。

January 21, 2005

朝日、週刊新潮の広告掲載拒否

 朝日は、週刊新潮の広告掲載を断った。朝日がよくやっていることだが、偏狭である。
 朝日の言い分は次の通り(朝日のHPより)。
 NHKの番組改変問題に関する「週刊新潮」1月27日号の記事について、朝日新聞は20日、本社の名誉を著しく棄損しているとして、同誌編集部に厳重に抗議し、訂正と謝罪を求めた。本社は同誌の広告を掲載しなかった。
 抗議文は、この記事について「本社の報道を『虚報』ないし『誤報』と一方的に決めつける悪意に満ちた記事」であると指摘。同記事中の「世紀の大虚報はいかにして仕組まれたか」「シナリオありき」「極左記者」などの記述について、「虚偽でかつ意図的な誹謗(ひぼう)中傷としか理解できない」とした。
(01/21 00:34)

 さて、実際に「週刊新潮」1月27日号の記事を読んでみた。朝日は誹謗中傷でしかないというが、どうか。
 ・「シナリオありき」について
  NHKを取材した記者は思い込みがはげしく、初めから結論ありきで取材するタイプだそうだ。作家の筒井康隆氏が断筆宣言をした時に、この記者がインタビューしたが、批判的で筒井氏に食ってかかることがあったそうだ。また、漫画家の小林よしのり氏にもゴーマンをかましたとか。小林よしのり「ゴーマニズム宣言 第6巻」(幻冬舎文庫)に、この記者が出演している。
 ・「極左記者」について
  筒井康隆氏や小林よしのり氏への暴言をみれば、極左と言われても仕方あるまい。また、この記者は朝日で「人権、安保問題」一筋という。

 詳細はぜひ「週刊新潮」を読んでもらいたい。

「女性国際戦犯法廷」についての朝日新聞虚偽捏造記事

ETV2001「女性国際戦犯法廷」についての朝日新聞虚偽捏造記事を論破するというページがあったので、リンクする。
 「朝日新聞は自分たちは教科書問題に関しては平気で言論弾圧攻撃を繰り返す一方で、左翼的活動への抗議に関しては、全てを『右翼活動』とレッテルを貼って『言論弾圧だ』等と妄言を繰り返しているのです」とある。確かに扶桑社の新しい歴史教科書の騒動は、その通りだった。
 トップページは、教科書が教えない歴史で、他にも有益な論文が色々と公開されている。

 NHKの番組改編問題について、NHKが朝日に公開質問状を出した。朝日は「証言」以外に、何らかの裏付けや根拠となる事実確認をしたのか、など11の質問がある。記者会見を開いて回答するよう求めているようなので、朝日がどう対応するのか見ものだ。「証言」以外の新たな証拠や裏づけを出してくるはずだ、普通は。「NHKと政治家との距離の問題」とか言ってスリカエないように対応してもらいたい。ああ、楽しみだ。

またまたNHKの番組改変問題

 面白くなってきた。NHKは「発言とは逆の記事になっている」と言っている。
取材を受けたNHK幹部その人が登場した。その人によると、朝日は「決め付けるような質問をしてきた」、「記事はまったく逆の内容になっている」、「なんとかねじ曲げて政治的圧力の発言であるようにみせたかったのであろう。姑息で卑怯な記事だ」ということである。朝日の体質を知っているだけに納得してしまう。
 また、自民党有志の「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」は、「NHK幹部jは同会メンバを含む他の関係議員にも説明に来ており、(阿部氏、中川氏の)両氏だけが問題になったことに陰湿な政治的意図を感じる」、「朝日は報道の過ちを認めるどころか、『政治とNHKの癒着』という新たな問題へと論点をすりかえ、歪曲報道の隠蔽を図ろうとしている」という。これにも納得させられる。
 朝日のページを見ると、次の3つの記事があった。
  (1)中川氏、本社に訂正と謝罪求める NHK番組改変問題 (01/20 22:32)
  (2)「正確に報じた」 中川氏記者会見に朝日新聞が反論 (01/20 22:33)
  (3)朝日新聞報道を「虚偽」と表示 NHK、本社抗議で外す (01/20 23:27)
 産経新聞のページには、次の2本の記事があった。記事の量はそれぞれ、朝日の2倍はあろう。
  (1)中川経産相、朝日新聞に訂正と謝罪要求 NHK番組改変 (01/20 21:34)
  (2)朝日新聞、法的措置検討も NHKが「虚偽報道」と断定 (01/20 23:31)
 NHKは「朝日新聞社は、新たな事実が出てきても従来の記事を焼き直したり論点をすり替えたりするだけで、具体的根拠を示しておらず、反論になっていない」とのコメントを発表した。(産経新聞の記事(2)より)
 朝日は、法的措置などど相手を脅すのではなく、言論には言論で対抗できないのか。朝日記者とNHK幹部が公開で討論すればどうか。ディベートか、朝ナマみないになって面白いだろう。もし裁判になって朝日が敗訴したら、それもまた面白いが。

January 20, 2005

朝日新聞「従軍慰安婦」記事数の変動

 平成14年12月に、ネットで「従軍慰安婦」について調べていたら、次のような統計情報を見つけた。「従軍慰安婦」なるものは存在しなかった。ソ連崩壊後、急激に従軍慰安婦の記事が増えていることから、サヨクが日本政府を攻撃する材料にしているのではと思われる。
 現在、当ページは見つからないのでURL表示は行わない(以下当時のページから全て引用)。


朝日新聞「従軍慰安婦」記事数の変動

年      件数      特記事項
1985      3      ソ連にゴルバチョフ書記長登場。
1986      3
1987      2
1988      4
1989      6      ベルリンの壁崩壊。
1990      8
1991     110      ソ連崩壊。
1992     622
1993     350
1994     296
1995     384
1996     450
1997     375
1998      76

上の表は、Nifty-Serveの新聞記事検索サービスでヒットした、朝日新聞に掲載された、「従軍慰安婦」という語を含む記事の件数の変動である(記事本文に1語でも含まれていればヒットする。たとえば、「ワールドカップサッカー日韓共催」の記事でも、「日韓関係には従軍慰安婦のような暗い話題も多いが…」などの形でひとことでも「従軍慰安婦」に触れていれば、件数にはいる。ただし、1件の記事中に「従軍慰 安婦」という語が2回以上使われていても、件数はあくまで「1件」である)。

January 19, 2005

天声人語(誤?)

 朝日新聞のコラムである「天声人語」は、単行本になって出版されている。コラムの内容はともかく、次の2冊のまえがきやあとがきを読んで驚いたので書く。
 朝日新聞論説顧問の松山幸雄氏が天声人語について次のように書いている(※1)。「『天声人語』が、日本の活字ジャーナリズム中、抜群の知名度、信用、影響力をもったコラムであることは、改めて強調するまでもないと思う。(略)高校の入試問題にもよく使われる。(略)朝刊第一面の真ん中下、という場所的な優遇もさることながら、内容のすばらしさがなければ、とてもこうした名声、人気は維持できるものではない」。ここまで自画自賛した文章を読んだのは初めてである。読んでいる方が恥ずかしくなってしまう。
 天声人語も朝日もそんなに素晴らしいのか? 仮にそうであったとしても自分で言うなよ。謙虚さがまったくない。朝日の体質がそのまま現れているようだ。
 また、天声人語の執筆者である白井健策氏が次のような文章を書いている(※2)。「この題は、『天ニ声アリ、人ヲシテ語ラシム』という意味の中国の古典から採られたそうです。」新聞の文章を読める人なら、これで天声人語という言葉の意味は把握できるであろう。ところが、白井氏は、わざわざ辞書を引いて調べたようである。「辞典を引いてみますと、『天声』には『自然に発する民衆の声』(略)という意味があります」。そんな意味があるのかと、感心して確認のため辞書をひくと「(1)天が発する声。雷の音をいう。(2)天子の声。」とある。白井氏のいう意味はなかった。別の本を見るとどうもフランス語にそういう意味の言葉があるらしい。朝日新聞が「戦後民主主義」に反しないよう、意味をこじつけているのではないか。もしかしたら白井氏の辞典・辞書にはそういう説明が載っているのかもしれない。しかし皇帝が治める中国の古典であるから「天声」は「天子の声」と考えるのが普通である。これこそ「人誤」である。
 コラムの内容だが、天声人語には、「人誤」が多く見受けられる。少なくとも私には誤りと読めるのだ。こう言うと朝日新聞はお前の読み方が悪いと言うそうだが、意味を取り違えないよう推敲するのは物事を執筆して伝える新聞社の義務であろう。
 「天声人語」は今や完全に朽ち果てたというのは、次の本。他にも、NHKのやらせ番組など面白い話満載。
 日垣隆「エースを出せ!脱『言論の不自由』宣言」(文藝春秋)

※1 朝日新聞論説委員室編「天声人語’93夏[英文対象]」(原書房)より
※2 朝日新聞論説委員室編「天声人語に見る戦後50年 下」(朝日新聞社)より

朝日の誤報?虚報?

 NHKの従軍慰安婦特集番組の問題についてだが、産経や読売の報道では、朝日の誤報のようだ。
 「放送前に安倍晋三・自民党幹事長代理と面会した松尾武元放送総局長が19日記者会見し『政治的圧力や介入があったとは全く思っていない』と強調した。さらに朝日新聞の取材について『誠実に対応したのに誤報につながったことは極めて遺憾で、残念。謝罪を求めます』と述べた」(産経新聞 1/19 17:22)。
 朝日については、過去の前科が山のようにあるので、確信犯かもしれない。

 さて、朝日の批判本もこれまた山のようにあるが、そのうちの1冊を紹介しよう。片岡正巳「朝日新聞の『戦後』責任」(展転社)。平成10年発行の本なので、最近の北朝鮮関係、たとえば「拉致問題の存在が北朝鮮との国交正常化の障害だ」という旨の腹立たしい記事はない。しかし、この本を読むと、終戦直後からずっと偏向した記事を載せ、日本の国益や安全を妨げてきたことが明らかになる。数え上げればきりがないが、読んでいて真剣に頭に血がのぼってきた記事を1つ挙げる。昭和56年2月6日、政府が閣議決定してから最初の「北方領土の日」の前日の朝日の「論壇」に載った「『北方領土の日』取り下げよ」という題の文章だ。
 「ソ連は第二次世界大戦において、世界で最も大きい人的、物的犠牲をこうむった。それゆえに第二次世界大戦の結果にソ連がこだわるのは、決して理由のないことではないのである。北方領土問題は、ソ連にとってl国際法の問題というよりは、多くの犠牲のもとにえた結果を失えぬという、国益と感情問題なのである。
 ソ連は終戦間際に、日ソ不可侵条約を一方的に破棄して、満州に攻め込み、抵抗できぬ日本人を虐殺した。そして終戦後に日本人57万人をシベリアへ連行し、強制労働させ、5万人以上が死んだ。
 このような事実があるにもかかわらず、上記のようなソ連を正当化する記事を載せるとは何事か。ソ連の国際法違反により日本は多大な被害を受けたのに、なぜソ連の国益を第一に考えねばならないのか。当時の朝日はプラウダの回し者である。

 朝日の社説の通りにすると道を誤る。それは他紙の社説と比較してみればはっきりする。次の本が参考になる。
  ・産経新聞論説委員室「社説の大研究」(産経新聞社)
 また、読売と朝日の社説を比較した本がある(私は発行部数が多いだけの読売もナベツネも巨人軍も嫌いだが、朝日よりは、はるかにまともだ)。次の3冊だ。
  ・読売新聞論説委員会・井沢元彦「読売vs朝日 社説対決50年」(中公新書)
  ・読売新聞論説委員会「読売vs朝日 北朝鮮問題」(同)
  ・読売新聞論説委員会「読売vs朝日 21世紀・社説対決」(同)

日本とは何かがわからなくなる本

 講談社が平成12年に「日本の歴史」全集を発行したが、その第0巻が「『日本』とは何か」である。本棚を整理していたらこの本が出てきたので、当時考えていたことを思い出しながら書いてみる。
 当時、日本史を勉強しなおそうと思い、中身を見ずに第0巻を買ってしまった。最初のカラーページを見ると、「『日本』という国号は7世紀末に決まった」という題で木簡の写真があり、次いで「『日本海は』大きな『内海』だった」という題で、日本海を中心にして南北を上下逆さまにした地図が載っている。
 これだけで「怪しい!」と思った人はすばらしい。
 続いて本文を読み進めると、その胡散臭さが明らかになってくる。

 「第1章 『日本人』の現在」「2 日本人の自己認識」で、1999年8月9日に成立した国旗・国歌法について書いている。法案成立を「強行」と表現し、「架空の日を『建国記念の日』と定める国家」の国旗・国歌が「戦前の日の丸・君が代と基本的に異なるものでない」ので、国旗・国歌法に従うことを固く拒否する」と言う。はて、これは日本史の本ではなかったのか? 
 また、「現代日本人のほとんどが、自らの国の名前(日本)が、いついかなる意味できまったのかを知らない」という、世界の諸国民の中でも、きわめて珍妙な事態が現在も続いている」と言う。だが、日本ほど長い歴史を持つ国は少ない。アメリカは建国して200年強だ。またアジア、アフリカのほとんどの国は戦後に独立している。この著者は、世界史は専門外だから知らないのだろうか。新しい国なら建国した日も国名の由来もはっきりしていて当然ではないか。
 結局、神武天皇からの皇国史観を否定したいだけなのだ。
 では、国号「日本」が成立したのはいつか?
 「隋書倭国伝」に聖徳太子が遣隋使を派遣したという記述があり、そこに「日出づる処の天子」という記述がある。このころから、「日本」というっ表記を用いるようになったと思われる。659年の遣唐使の1人である伊吉連博徳の文章が「日本書紀」の注に引用されており、「日本国の天皇」という記述がある。中国でも「旧唐書」に「倭国自らその名の雅ならざるをにくみ、改めて日本と為す」という記述があり、「新唐書」にも「更めて日本と号す」とある。
 したがって、遅くとも7世紀半ばには日本という国号が用いられたことは明らかだ。本書にあるように7世紀末とあるのは間違いだ。
 ※参考:所功「国旗・国歌の常識」(近藤出版社)、杉原荘介・他「日本史の基礎知識」(有斐閣)、他

 「第2章 アジア大陸東辺の懸け橋」「1 アジア東辺の内海」を読むと、日本海をひっくり返した地図の意味が明らかになる。「日本列島はアジア大陸の北方と南方を結ぶ懸け橋の一部であった」と言い、「海が本来、国境になじまないことは、この地図を見れば明白である」と言う。そして、「多くの国民のとりまくこの海に、特定の一国歌の国名を冠するのは、やはり海の特性になじまない」ので、日本海という呼称を「僭称ではないかと思われる」と言い切る。更に「すでに韓国の知識人から『青海』という提案が行われており、(略)この海の特質をよく表現しえた名称と私は考える」と言うのだ。
 どの海も青いって。
 韓国が日本海を「東海」に変えようとしている動きと一致する。また、国境や国家を軽視するような考えである。このような姿勢で「日本」史を論じることができるのか?

 「第3章 列島社会と『日本国』」「1 『倭国』から『日本国』へ」まで読んで、私はこの本を投げ捨てた。朝鮮人の言う倭寇・壬辰倭乱・日帝三十六年についての記述がひどすぎたからである。ちょっと長いが引用する。「私は豊臣秀吉によって行われた2回にわたる日本国の朝鮮侵略、『大日本帝国』が朝鮮半島を植民地とし、朝鮮民族の日本人化を強要したことについては、一言の弁明もなく頭を下げるが、『倭寇』をこれに加えることについては、事実に反するとして承服しない」。
 「~頭を下げるが」までの部分は明らかに自虐史観であり、事実と反する。
 「倭寇」以後の部分はその通りだ。倭寇の多くは中国沿岸部の中国人であったのだから。しかしひっかかるのは、著者の専門が日本中世史である事だ。自分の専門分野と関係ないところは自虐史観で無責任な記述をし、中世に起こった倭寇だけは、出来るだけ正確な記述を行っている。まるで自己保身のために行っているようで、卑怯に思える。

 せっかく天下の講談社が出版したのに、これでは続けて買う気などなくなってしまった。これが第0巻で、値打ちもゼロだ。この著者が編集委員じゃ後も信用できない。
 ちなみに第1巻は「縄文の生活誌」だが、例の石器の捏造があったため、内容がボロボロのようだ。捏造した藤村氏を「旧石器発見の神様」と書いたり、「彼が遺跡を捜し求めて歩き回る範囲がそのまま、前期・中期旧石器文化が確認された範囲と同じである」と書いている。少しはおかしいと思わなかったのか? 第0巻も第1巻もトンデモ本だ。 ※第1巻は未読のため、と学会「と学会年鑑BLUE」(太田出版)を参考にした。

January 18, 2005

NHKの従軍慰安婦特集番組の問題について

 1月13日(木)の朝日新聞の社説は「NHK――政治家への抵抗力を持て」というタイトルで、「自民党の有力政治家がNHKの幹部に放送前の番組について「偏った内容だ」などと指摘し変更を求めていた」事に対して「報道の自由や、民主主義そのものが危うくなってしまう」と言っている。そして「番組や記事が視聴者や読者、つまり国民のためになるか、中立公正であるか、それを判断するのはあくまで報道機関自身でなければならない」と言う。
 しかし、まず前提にあるのが、NHKは公共放送であるという事だ。国民から強制的に受信料を払わせておいて偏向した番組を放送する事が問題だ。NHK自体に自浄能力がないのだから、外部から意見を言われて当然だ。朝日はまずこの点を指摘すべきではないのか。所謂「従軍慰安婦」問題は朝日が作り上げたも同然だから、自説に反する意見は全て「報道の自由に対する圧力」になるのだろう。
 そしてこのような朝日の報道が、中国に付け入る隙をあたえてしまっているのだ。
 なお、17日の産経新聞の社説では、「NHK『圧力』騒動 この胡散臭さは何なのか」と言う。
問題の番組は、「日本軍性奴隷制を裁く『女性国際戦犯法廷』」を取り上げたものであり、この法廷は「模擬法廷とはいえ、弁護人もつけず死者を一方的に裁いた政治糾弾集会だった」という。「これを教育番組として放送しようとすること自体に疑問を感じざるを得ないが、取り上げる以上、その内容を上司がチェックするのは、NHKに限らず報道機関の常識だろう」と言う。その通りである。公平性のない報道機関ということだ。ウチは「押し売り」集金人がうるさいので、仕方なくNHK受信料を支払っているが、そろそろ考え直す時期かもしれない。

January 17, 2005

歴史的假名遣いのためのツゥル

文書を舊字體・舊假名に變換するテキストエディタを發見した。その名も「戰前エディタ version 1.0」だ。これがあれば惱むこともなく、文書を歴史的假名遣いにしてくれる。この本文も戰前エディタで變換して作成したのだ。これは便利だ。(閒違つてないか?)

日韓基本条約の交渉文書を公開 補足

さて、日韓基本条約の交渉文書の公開について、韓国の新聞はどのように報じているのだろうか。ホームページで見てみた(ハングルが読めないので、日本語のページだが)。
 朝鮮日報では、「韓日協定は屈辱外交か 関連文書40年ぶり公開 」( 10時44分)という記事がある。記事では、「日本側の西山代表は『われわれの提供は、あくまでも賠償のように義務によって与えられるのではなく、経済協力という基本的な思考を持っている』と明らかにし」、「韓国側のキム・ボン代表は『(日本に)まったく義務がないと言うのは話にならない。韓国国内の一般国民の感情が請求権を受け入れるということで一貫しているため、請求権という表現が変われば重大な問題が起こるだろう』と対立した」とある。そじて「日本側が韓日交渉の過程で『請求権』ではなく、『経済協力』を執拗に主張した事実が明らかになったことから、戦後補償に対する日本政府の二律背反的な姿勢が論議となる見通しだ」とある。なるほど、そうやって日本の外交姿勢を攻撃しようとするわけだ。
 この記事の書き方、似ていないか? そう、朝日新聞の記事とだ。朝日新聞もまた日本政府の姿勢を批判しようとしているのだろうか。
 また、同紙には「『日本による徴用被害』補償、法的制約のみ論じるべきでない」という社説が載っており、タイトルから予想される通り、「日本政府はアジア諸国に対する法的責任は解消されたと主張するのではなく、アジアの人々に対する道徳的な責任と、その延長線上での政治的決断を検討しなければならないはずだ。」と根拠も何もない、韓国に都合の良い結論を書いている。アジア諸国と言っているが、戦後60年経ってもこのようなことを言い続けているのは中国と朝鮮だけだ。
 さらに面白い記事があった。「遺族会、韓日政府相手に大量訴訟を準備」だ。
 「太平洋戦争犠牲者遺族会は17日、韓日協定文書公開を機に、日本と韓国政府を相手取った裁判に乗り出す方針であることを鮮明にした」という。この人たち、個人補償を日本に要求できないという意味がわかってないのか? とあっけにとられてしまった。続きを読むと、「遺族会のヤン・スンイム会長はこの日、『1965年に締結された韓日協定は韓日両国が個人の権利を剥奪し、権力同士が密かに合意した結果』とし、日本政府を相手取って1件、韓国政府を相手取って4件の訴訟を起す準備をしていると明らかにした」とある。
 いい加減にしろ!と言いたい。

日韓基本条約の交渉文書を公開

 1月17日(月)に、日韓基本条約の交渉文書を韓国が公開した。「日本政府は公開に慎重な姿勢を要請したが、韓国政府は「国民の知る権利を満たし、政府の透明性を高める」として公開に踏み切った」(産経新聞)という。「日本側は当初、『条約関連文書の公開は当事国が同時に行うのが外交慣例だ』と難色を示した」(毎日新聞)にもかかわらず、慣例を無視して公開した。日本は北朝鮮が「『いつ補償交渉をやり直せと言ってくるか分からない』(日本政府筋)と、文書公開の拡大には神経をとがらせ」(同)ているのだ。
 文書の公開の意図は何か。「強制連行の被害者や遺族団体が日韓条約関連文書の公開を求めた」(同)ためで、「請求権消滅の確認が目的」(同)であるという。しかし、もしかしたら北朝鮮を間接的に援護する気かもしれない。
 今回の文書公開によって日本の戦後「補償」はすべて終わっているという事が「韓国側に」明らかになった。韓国が「強制連行」や「従軍慰安婦」などについて、日本に謝罪や補償を要求してきたのは、国際条約違反であったのだ。
 さて、今回の事件を各紙がホームページでどのように報道しているのか比べてみた。以下に見出しを示す。

 ・「日韓基本条約の交渉文書、韓国が公開 補償で両国激論」 (朝日新聞 15時22分)
 ・「韓国政府が国民に補償義務 外交文書公開で判明」 (産経新聞 16時18分)
 ・「日韓条約:日本しぶしぶ公開了承 韓国側、焦点外し配慮」 (毎日新聞 14時26分)
 ・「日韓条約:文書公開 請求権消滅の確認が目的」 (同 14時29分)
 ・「日韓条約:韓国側公電 『韓国政府に個人補償義務』」 (同 14時32分)
 ・「韓国、植民地支配の個人補償引き受け…外交文書公開」 (読売新聞 13:44分)
 ・「植民地個人補償、韓国政府に市民団体が再交渉訴え」 (同 14時27分)

 上記の範囲では、毎日新聞のホームページの報道が一番詳しかった。見出しの意味が、1紙だけ他紙と比べて明らかに異なっているのがわかると思う。そう、朝日新聞だ。他紙は「個人補償の義務は韓国政府にある」ことを乱しに要約しているのに、朝日だけは「補償で両国激論」と、重要点を外した見出しを掲げているのだ。これでは事件の本質などつかめない。
 朝日のページの記事の概略はこうだ。
 まず「対日請求権の解釈をめぐって日韓が締結直前まで激しく意見をぶつけ合った様子が浮き彫りになった」という。見出しと共に、記事の最初に書くのが最も重要な事項であるのが普通なのだが、この記事ではそうではない(激論したのが重要なのか?)。続いて、韓国側の立場で、日本の「経済協力は請求権放棄の代償と見なした」と言い、次いで日本側の立場で、日本は「請求権消滅と経済協力を切り離す」考えであり、「見解の差は明白だった」と書く。その後になってやっと「韓国政府が個人補償を全面的に引き受ける方針で交渉に臨んでいたことが文書で裏付けられた」と書くのだ。公開された文書の順に書いているのかもしれないが、他紙と比べてわかりにくい。情報伝達手段としては失格だろう。
 朝日としては南北朝鮮人や「従軍慰安婦」への個人補償をするよう主張してきたから、このような記事になってしまうのかもしれない。
 韓国も、これ以上を文書を公開すればするほど、墓穴を掘るのではないだろうか。そもそも南北朝鮮に戦後補償など払う必要などなかったからだ。理由は簡単だ。日本は南北朝鮮とは戦争をしていないからである。朝鮮は日本の投資により近代化し、日本帝国の申し子と言われるほど日本と同化した。北朝鮮が韓国より早く工業国として戦後復興できたのは、数多く存在した日本の工場を接収したからだ。今、北朝鮮に電灯がともっているのは、日本統治時代の発電所があるからだという。
 韓国は、日韓基本条約で受け取った無償3億ドル、有償2億ドル、民間協力資金3億ドルを元手にしてインフラを整備し、1980年代からの経済発展の基礎を築いたのだ。1ドル360円で物価も安い時代だからとてつもない大金だ。これでもなお、日本を「日帝」と呼び、更なる謝罪と補償を求めるとはどういう神経か。私に言わせれば南も北も同じだ(政治・経済体制が違うだけ)。
※文中に(○○新聞)とあるのは、すべて各紙のホームページからの引用である。

January 16, 2005

セクハラ

 セクハラについて書く。セクハラを題材にした小説で、M.クライトン「ディスクロージャー」(ハヤカワ文庫)がある。この小説は平成7年にマイケル・ダグラス主演で映画化されたので、知っている人も多いと思う。この小説の中で、セクハラとは何か定義している。セクシャル・ハラスメントを略してセクハラだが、「権力を持つ者(会社の上司)がその支配下にある者(部下)に対して行う性的嫌がらせ」を意味する。
 ところが、この10年でセクハラの解釈が広がってきているようで、上司と部下といった関係がない単なる性的嫌がらせでも「セクハラ」と言うようだ。おかしいのではないか。また男性が女性に「君の服似合ってるね」と言ったらセクハラで、「君の服綺麗だね」は大丈夫とか(どちらもダメという人も)。「結婚してるの?」とか「子供いるの?」はダメ。こんな調子では職場で仕事以外の話ができなくなってしまう。
 また、セクハラかどうかは個人の主観による部分が大きい。女性社員がカッコいいと思っている男性社員に手を出されてもセクハラにはならないが、嫌な男性社員ならたちまちセクハラになってしまう。個人的主観で犯罪かどうかが決まるのはおかしい。そういう意味で、セクハラの解釈を拡大するのは危険だ。まあ自分はカッコいいので安全だが(笑)。
 ついでに言うと、個人の主観に左右されるものは権利でもなんでもない。環境権とか眺望権とかいうのがそうだ。最近になってやっと憲法改正が議論できるようになってきたが、「新しい権利」を追加しようという主張には注意が必要だ。現行憲法が権利だらけの欠陥憲法なのに、更に輪をかけてしまう事になる。

琵琶湖博物館

biwako_suiso 1月16日(日)に、滋賀県草津市にある琵琶湖博物館に行った。見ものは淡水魚の水族館だ。鯉、鮒、鮎、等々。
子供が沢山集まっているコーナーがあったので見に行くと、魚のいる水槽の横に穴が開いていて、そこから手を入れて魚を触れるようになっていた。なぜ水がこぼれないのか子供は不思議に思わないのだろうか。ただただ手を入れて遊んでいるだけのようだ。タネを明かせば水槽内部を減圧しているのだ。まあ小さい子供に質問されても、どう説明すれば解らせることができるのか。。。
「琵琶湖博物館にあったパンフ」をダウンロード

続々々・現在を読む世界近代史

 さてさて次は、戦後の話になるが、少し遡って「アジアの復活は1904年から1905年の日露戦争で日本がロシアの陸海軍を破ったということに端を発する」。「日本の勝利はアジア人、特にトルコ人、ペルシア人、インド人にとっては、ヨーロッパ人やアメリカ人の束縛から立ち上がらせる進軍ラッパの音として響いたのである」。にもかかわらず、今では日露戦争すら「日本の侵略戦争だ」と言う人がいるのだから困る。戦争は悪だとか、戦争は嫌だといった調子では歴史から何も学べず、将来に何も貢献できやしない。去年(平成16年)は、日露戦争100周年であった。ロシア軍が記念に韓国を訪問したり、反日的な事もあった。そもそも日本がロシアの侵略から朝鮮半島を守ったのではないか。歴史を捏造している弊害である。日露戦争について次の小説がお薦めだ。司馬遼太郎「坂の上の雲」(文春文庫)や、児島襄「日露戦争」(文春文庫)。マンガでは江川達也「日露戦争物語」(小学館)があるが、14巻の時点でまだ日清戦争が終わっていない(作者には頑張って続けてほしい)。
 大東亜戦争で日本は、その名の通り、欧米が支配していた東アジアを解放した。「東洋におけるヨーロッパの支配を日本が崩壊させ、ヨーロッパによる世界支配の時代が終わった」のだ。アメリカは、大東亜戦争の本質を隠すため、戦後の日本に「大東亜戦争」という呼び方を禁止し、「太平洋戦争」と呼ばせた(現在もその後遺症が続いている)。
 インドについての記述がある。「ネールがインド政治の支配的支配的存在となった。(略)ネールは隣国である中国と友好関係を樹立しようと最大限の努力をしたが、1950年代の中国のチベット占領や1962年の中国によるインド北部侵略(現在でも中国領となっている)はネールの平和への努力を裏切ったのである」。中国のこういう侵略について日本では余り知られていないようだ。日本の平和への努力も裏切られ続けているのだが。
 ミャンマー(ビルマ)は「1世紀間イギリスの統治下にあったが、日本を征服者と見るよりは開放者として歓迎した」のだ。インドネシアでも「日本は開放者として歓迎された。スカルノを初め、インドネシアの指導者たちは、戦争の間ずっと日本に協力した」。オランダは1605年から340年近くもインドネシアを植民地にしてきたのだ。
 「アジアの復興に関しては何と言っても、まるで一夜にして世界の経済大国の一員となった日本ほど明白な国はない」。この本が書かれた時はまだ日本でバブル経済が崩壊していなかったので、現在とは状況が異なる。1989年の時点で「アメリカとEECが閉鎖的になったのに対し、日本の市場はより開放的になった」のだ。当時は「構造協議」と言う呼称で内政干渉的に、アメリカから見た日本の問題点を指摘し、日本市場をアメリカ向けにしようとしていた。バブルが崩壊した現在も、グローバルスタンダードという名の下に、欧米のルールを受け入れ続けている。これでは日本の強みを捨てているようなものだ。「日本は現在アメリカに輸出しているもののうち半分ほどは強制的、または自主的に規制している。19世紀に西洋の列強がアジア貿易の問題を軍艦で解決しようとした例に、日本がならおうとしていないことは本当に有り難いことである」。欧米は横暴なのだ。
 「アメリカは日本の問題点を非難する代わりに、海外からの輸入を減らし、もっと高品質のものを生産し輸出して、自らの財政を立て直し、ドルの価値を安定させるよう図るべきである。(略)歴史上、債務国家が世界のリード役をしたことはない」。
 長々と書き続けてきたが、それだけ示唆に富む本なのだ。もっと日本を中心にした同趣旨の本としいては、清水馨八郎「侵略の世界史」(祥伝社黄金文庫)があり、判りやすい内容である。
 冷戦終結後の世界については、サミュエル・ハンチントン「文明の衝突」(集英社)や、同「文明の衝突と21世紀の日本」(集英社新書)がある。前者は分厚く高価なので、まず後者を読んで気に入れば前者を読めばよいかと思う。

続々・現在を読む世界近代史

 さてさて、第二次世界大戦である。「第二次世界大戦は第一次大戦の続きと見るべきである」。第一次大戦の敗戦国に課した過大な賠償金にその一因がある。民主的で世界一人権を認めたワイマール憲法を持つワイマール共和国でヒトラーが政権を獲得した。「自由と混乱を選ぶか、ナチスを選ぶかしか道はなく」なったからだ。ヒトラーは1938年にオーストリアを併合したが、イギリスは宥和政策をとったため、ドイツがヨーロッパ最強国になった。「ヒトラーは脅かせば相手のほうが譲ることがわかっており、相手の道徳的弱点を食い物にし」、「戦争の準備をする一方でうわべで平和を語る彼の本質を見抜いたときには既に遅すぎたのであった」。まるで現在の中国のようだ。既に侵略したチベットやインド北部はもちろん、台湾や日本の尖閣諸島、沖縄への膨張主義を見逃してはいけない。話を戻すと、結局ドイツは連合軍に敗れるが、「1945年2月13日から14日にかけてヨーロッパ史上最大の大量殺戮が行われた」という。「(3万人以上の防空壕が集まっていた)無防備なドレスデンはイギリスとアメリカの空襲で焼きつくされた。連合軍はこの行動を報復として正当化しようとした。どう言い訳してもこれは暴虐であり、テロであった」。
 日本の真珠湾攻撃について注釈がある。「カリフォルニア大学(バークレー)の歴史家トーランドによるとルーズベルトとそのトップのアドバイザーたちは真珠湾攻撃について知っていたが、アメリカが参戦するのを誘うために黙っていたという」。所謂ルーズベルト陰謀論だが、状況から見て十分ありうると思う。スティネット「真珠湾の真実」(文藝春秋)、三好誠「はめられた真珠湾攻撃」(文芸社)参照。
 さて、東京裁判についてだが、「これは勝者の正義であった-必ずしも勝者が正しいという保証はどこにもない」。当たり前のことだが、日本では未だに判らない人が大多数だ。「1939年にソ連がポーランドで行ったカチンの森虐殺や、1940年にイギリスがノルウェーで行った侵略戦争、更に連合軍によるドイツや日本に対する悲惨な爆撃はすべて引き合いに出されなかった」のだ。当然、アメリカによる広島、長崎への原爆投下やソ連による日本人のシベリア抑留も戦争犯罪だ。また、東京裁判についての法的な批判は、「適用した法律が遡及して創られたことである」。法律を少しでも学んだ者なら常識だが、新しくできた法律を過去に遡って適用する事はできない。「人々は行為が行われた時点では犯罪ではなかった事柄に対して判決を受けたのである」。(東京裁判についての本は別途紹介したい。)
 第二次世界大戦の「驚くべき結果の一つは、ロシアがこれ程までにヨーロッパに手を延ばし、支配下に置いたことである」という。「ソ連による侵略は1939年のポーランド東部の制圧に始まり、1948年のチェコスロバキア奪取で終わった」が、戦争にならなかった。1939年のヒトラーのポーランド侵略は戦争になったのにである。「道徳ではなく政治的方便が当時の道理であった」。
 で、「アメリカは戦前に比べて生活水準が上がった唯一の国」であり、領土を広げたソ連と対立する。
(続く)

January 15, 2005

続・現在を読む世界近代史

 さて、「現在を読む世界近代史」の続き、中国と日本の話である。
 「1923年には中国の統一は軍閥、国民党、共産党によって破壊されてしまっていた」とある。当時の「中国」は今の中華人民共和国ではなかったという言を理解する必要がある。日本が軍閥と手を組んで満州帝国を建国しても、今の中国とは関係ないのだ。日本の場合、幕末の混乱期において、幕府も薩長も外国勢力と手を組まなかった。流石である。
 「1933年、国際連盟を脱退するまでの日本は忠実かつ活動的メンバーであった」。1921年のワシントン軍縮会議では「海軍軍備の縮小と列強に有利な主力軍艦取り決めを受け入れた」。また1930年のロンドン軍縮会議では、同様に補助艦の保有制限を行った。どちらも日本に不利な決定であった。今の歴史教科書には平和のための軍縮というような説明しかないため、後に日本が勝手に軍備を拡張して戦争にむかったかのように思えてしまう。これでは歴史を理解できない。
 「アジア大陸に領土拡張を推進した日本の唯一の罪は既に欧米の都合の良いように決められていた世界の割り振りを見直すことにあった。領土拡張は欧米がこれまでやってきたことであった。領土に関しては十二分に満足しているアメリカだけが、東アジアの盟主としての日本の運命実現に異議を申し立てたのである」。アメリカは1920年頃から「オレンジ計画」を立案し、日本を仮想敵国とみなして次々と手を打ってきた。
 1921年 移民法を制定し、日本人を故意に不利な立場に置いた。
     イギリスに圧力をかけ、日英同盟を廃棄させた。
     日本製品不買運動。
 1938年 アメリカの提案で国際連盟が日本を侵略国と宣言。
 1939年 日本との通商条約を廃棄。
     アメリカ太平洋艦隊基地を真珠湾に移す。
 1940年 くず鉄・鉄鋼等の日本への供給停止。
     石油の日本への供給禁止。
     在米日本人の資産凍結。
 1941年 日本軍の中国・仏印からの撤兵など、満州事変以前の状態に戻す事を要求(ハル・ノート)。
 「日本軍参謀本部の考えでは戦争は4ヵ月で勝たないとならない」という事で、「日本軍はアメリカのもつ極めて優秀な生産能力について幻想を抱いていなかった」。「以前の日清、日露戦争と同様、対米戦争も短期決戦で勝つ」つもりであったのだ。一般に言われているように精神力だけで戦争に勝てると思うほど日本軍は馬鹿ではなかったのだ。
(続く)

現在を読む世界近代史

 ウィリアム・ウッドラフ著、千本祥子訳「現在を読む世界近代史 アジアを機軸として」(TBSブリタニカ)を読んだ。過去500年に欧米人が武力で世界の大部分を侵略してきたかがよくわかる。 「1851年から1960年までに6000万人のヨーロッパ人が故国を離れ」たが、「これは時代を問わず最大の移民だった」という。ヨーロッパの科学革命と産業革命がその原因の1つになっている。ヨーロッパがアメリカ大陸を侵略した。独立したアメリカもまた帝国主義的であったが、「動機の純粋性をもっていた」のが特徴である。アメリカは今なお、自前の民主主義や価値観を広めるのが正義であるかのように振舞っている。
 「1917年のロシア革命は、人類の歴史において政治の様相を一変するものであった」。マルクスによると、歴史は弁証法的に発展し、すべて唯物的であるという。資本主義社会では、資本家と労働者の階級闘争がピークに達し、暴力革命が起こるというのだ。革命によりプロレタリア独裁が実現し、貧困はなくなり、「ブルジョア階級の政治道具であった国家も衰えてゆく」(この辺りに、A新聞などが国家を認めようとしない根拠がある)。
 面白いのは、「マルクス主義には、旧約聖書に見られる教義の正統性、天啓の啓示と相通ずるものがある。マルクスにとっては、プロレタリア階級がブルジョワを打倒することは、キリスト教でいう天国でではなくこの世の天国において選民(この場合プロレタリア階級)を復活させるのと同じであったという事実をみつけて私たちはあっと驚かざるをえないのである」という記述だ。マルクスは宗教は麻薬だと言ったが、マルクス主義自体が新しい宗教なのだ。
 この本は1990年に翻訳版が発行されており、原書の執筆時点ではソ連の崩壊はまだ起こっておらず、ソ連のゴルバチョフ大統領がペレストロイカ政策を実施したところまでしか書かれていない。そして著者は「共産主義と資本主義が互いに似通っている傾向にこそ世界の希望があるのかもしれない」と書く。その脚注に「アメリカの個人主義にしろソ連の集団主義にしろ行動の原則を極端に追いつめると文明は崩壊する」とある。正にその通りと思う。ソ連の次はアメリカ崩壊であろう。
(続く)

歴史的仮名遣い

 歴史的仮名遣いについて書く。戦前に使われていたので旧仮名遣いという人もいるが間違い。今の国語教育を歴史的仮名遣いに戻すべきではないかと考えている。
 その理由は、まず戦前の歴史的仮名遣いで書かれた書物や記録が読めないことだ。実際には意外と読めてしまうのだが、やはり読み辛い。
 次に、話す言葉と書く文章の違いが判らなくなってしまう事だ。文語と口語を同じにしようとしているようだ。私の子供が小学一年生だったとき、週に一回!日記を書く宿題が出た。学校では日記を書くノートを「日記帳」と呼ばず「あのねノート」と言う。そして日記の書き出しが何と「先生あのね」そして日記の書き出しを何と「先生あのね」にするよう教わるのだ。ひどい。
 それから、今の「現代的仮名遣い」は、文法的におかしい点が多々あるからだ。例えば、土地は「とち」と書くのに地面はなぜ「じめん」と書くのか。歴史的仮名遣いなら同じだ。「言う」を活用させたら、言わない、言います、言う、言うとき、言えば、言おう、とワ行とア行にまたがってしまう。歴史的仮名遣いなら、ハ行活用だ。
 歴史的仮名遣いで綺麗な文章を書けるようになりたいものだ。
 福田恒存「私の国語教室」(文春文庫)や、丸谷才一「文章読本」(中公文庫)を読んで勉強しよう。

馬鹿共

poors 1月13日の夜、某駅の構内でラジカセを鳴らして踊る馬鹿4人である。

January 14, 2005

何故韓国は歴史を捏造するのか?何故日本文化のパクリをするのか?

 剣道の起源は韓国にあり!?というページがあります。日本の文化を真似るだけなら良いが、それを自国の文化と言い切って憚らない。
 そのページから4ページ目へのリンクをたどると、今回のタイトルに挙げたページがあります。よくぞここまでまとめたな、という労作です。「独断と偏見の韓国人論」とありますが、私も(激しく)同意する点が多々あります。是非読んでください。
 最近、「ヒカルの碁」という日本のアニメを韓国で放送し始めたようですが、ある登場人物の体をモザイクで消しているという事です(何かの月刊誌で読んだが、雑誌名を忘れてしまった)。ワイセツ? そうではなく、藤原佐伊という平安貴族みたいなのが着物をきているので、日本製のアニメである事がわかってしまうからです。そこまでしてパクリたいか?
 ちなみに、原作のマンガは少年ジャンプに連載されていたが、生意気そうな韓国人の碁打ちを登場させたところ、クレームが殺到した。それで作者が嫌になって連載を止めてしまったとか(これは2chで読んだ。もっといろいろ書いてあったがここでは省略)。

January 13, 2005

天皇の訪韓を求める韓国

 1月13日(木)の朝日新聞のページによると、「韓国の盧武鉉大統領は13日、年頭記者会見を行い、天皇の訪韓問題について『既に韓国政府として招請している状態だ。訪韓されるのであれば、いつでも最高の待遇で歓迎する準備がある』と述べた」という。
  天皇や皇太子に会いたければ、お前が日本に来い、と言いたい。「最高の待遇で歓迎」とはどういう事か。過去の「侵略」を謝罪させる積りであろう。もし天皇や皇太子が一言も謝罪しなければ韓国で大問題になるのは目に見えている。中国は「ファシスト打倒60周年」記念として、雲南省に抗日記念館を開館するし、各地で記念式典を計画している。韓国もそれに倣うのではないか?
 日本国憲法では天皇は国事行為のみを行なうことになっているが、国際常識からみると国家元首であり、天皇や皇太子の行動自体が政治活動になってしまう。政治に利用されてしまうのだ。1990年に韓国のノテウ大統領が来日したとき、「我が国によってもたらされたこの不幸な時期に、貴国の人々が味われた苦しみを思い私は痛惜の念を禁じえません」と言われた。また、1992年の天皇の訪中では「我が国が中国国民に対し多大な苦難を与えた不幸な一時期がありました。これは私の深く悲しみとするところであります」と発言された。このような「外交」は残念ながら日本の為になっていない。天皇の訪中は、天安門事件の国際非難を緩和することに役立った(ようだ)。
 韓国が天皇や皇太子を招請する意図は何か? 韓国が韓国に利用されてはいけない(ついでに言うと、韓国は天皇の事を「日王」と呼んでいる失礼な国である)。

岩波が翻訳しなかった「紫禁城の黄昏」の章

 最初に「紫禁城の黄昏」を読んだのは、もう15年程前になる。「ラストエンペラー」という映画が流行った頃だ。清朝最後の皇帝・溥儀の家庭教師であったイギリス人ジョンストンが記した、清朝末から満州国成立の頃までの記録である。日本では岩波書店から日本語訳の文庫本が出ている。
 文庫本の最後にも書かれているのだが、翻訳されず省かれた章があるのだ。翻訳本は序章、終章をのぞいて14章あるが、原本である「Twilight In The Forbidden City」は何と25章もある。1~10章、16章が省かれている。なぜ半分近くが翻訳されなかったのか。どうも日本の大陸進出の正当性や満州統治を褒めた部分をカットしているらしい。
 原書は現在入手困難だが、ラッキーにも1995年に300部限定で出版された復刻版を入手できた。誰か日本語に訳してくれないものか(第1章を訳したが、余りにも時間がかかるので中断してしまった)。
 追記:長いこと入手困難だったのに、今見たらAmazonで購入できそうだ。急げ!

January 12, 2005

南京大虐殺のまぼろし

 鈴木明「新・南京大虐殺のまぼろし」を見つけて購入した。1999年発行だが気付かなかった。前著「南京大虐殺のまぼろし」は数年前に古書店で見つけて入手した。絶版のようだが、文庫本でいいから再発行してほしい。あの「中国の旅」が未だに堂々と売られているのだから、その嘘八百を暴いてほしいのだ。「新・~」の内容については未読なので、次の機会に紹介したい。
 さて、私は「南京大虐殺はなかった」派である。もちろん戦争時には多少なりとも虐殺はあるだろう。しかしそれは南京に限った話ではない。あえてとりあげる程の話ではないと思う。日本軍が殺した民間人は便衣兵だ。知らない人もいるようだが、戦争にはルールがあり、軍服を来た兵士しか殺し合いをしてはいけない事になっている。民間人を殺したら虐殺だ。ところが中国には軍服を着ていない武装した民間人がいた。民間人と思って見逃せば殺られてしまうから攻撃せざるをえなかったのだ。ベトナム戦争のゲリラと同じだ。ゲリラは兵士ではないから捕虜になっても保護されない。中国が国際法を守れなかったのだから仕方がない。
 ついでに言うと、当時日本が戦った相手は中華民国であり、今の中国、すなわち中華人民共和国ではない。だから中共が謝罪云々を言うのはおかしい。逆に日本が中華民国と戦い弱体化させたが故に、中共が内戦で中華民国に勝てたのではないか。毛沢東やトウ小平もそのような発言をしている。そもそも支那事変の発端となった発砲事件も中共のしわざとする説が有力だ。また中国はサンフランシスコ平和条約に調印していない。だから、そもそも東京裁判で決められた「A級戦犯」云々について発言する資格がないのだ。政府も、この辺りを踏まえて外交を行ってほしい。
 以下に、「南京大虐殺」に関する参考文献を挙げる。
 ・鈴木明「南京大虐殺のまぼろし」(文藝春秋)
 ・鈴木明「新・南京大虐殺のまぼろし」(飛鳥新社)
 ・北村稔「『南京事件』の探求」(文春新書)
 ・大井満「仕組まれた南京大虐殺」(展転社)
 ・板倉由明「本当はこうだった南京事件」(日本図書刊行会)
 ・阿羅健一「『南京事件』日本人48人の証言」(小学館文庫)
 ・田中正明「パール判事の日本無罪論」(小学館文庫)
 ・小林よしのり「ゴーマニズム宣言 戦争論」(幻冬社)
 ・小林よしのり「ゴーマニズム宣言 戦争論2」(幻冬社)

January 11, 2005

公立小学校はもはや教育機関とは言えない

 私の子供は公立の小学校に通っている。子供から学校の様子を聞くと、公立小学校はもはや教育機関とは言えないのではないかと思える。
 入学式からしてそうだ。なぜ入場や退場時に、となりのトトロの曲を流すのか。子供に迎合するな。
 夏休みでも宿題をほとんど出さないので2、3日あれば出来てしまう。国語と算数のプリント数枚と絵日記(3日分程度書けば良い。しかも任意)、工作(任意)、自由研究(任意)だ。学校に教科書や宿題を忘れても怒られない。土日曜日に行事をしたら必ず代休がある。補修など一切ない。教師が楽をしているように見える。
 プールの授業など笑ってしまう。顔を水につけられない人は、つけなくてもよい。水の中で目を開けられなければ、目を閉じたままでよい。これで泳げるようになるのか? また、指導教師は水着に着替えずプールの外で指示するだけ。子供が溺れたらすぐに助けられるのか?
 運動会で、先生は生徒に命令しない。「~しなさい」と言わず、「~しましょう」と言う。男女混合名簿なので、競走も男女混合でやる。高学年になったら恥ずかしい女生徒もいると思うのだが。棒倒しや騎馬戦など危なそうな競技は何もない。競走もあまりなく、ダンスなどお遊戯会になってしまっている。そのダンスも動きがばらばらでまとまりがない。入場行進すら足が揃っていないのだ(そういえば「頭ァ右!」というのはなかった)。
 文化祭の出し物は全滅だ。クラス全員で歌を歌うか、交替で朗読するかどちらかだ。生徒に差をつけてはいけないという事か。これでは主役と脇役のいる劇などできやしない。また、鑑賞中、生徒の私語が絶えない。たまに教師が注意しているが効果なしだ。言って効かないのだから体罰も可と思うのだが。で、生徒の気に入った歌があれば皆で歌いだす。それを教師が満足げに眺めている。異様な光景だ(歌っていた曲が「世界で一つだけの花」だったりする。「一生懸命やらなくていい~」なんて教育現場にふさわしくない)。公の場でのマナーを教えようとはしないのか?
 一番納得出来ないのが、子供がまだ学校で習っていない漢字をノートに書いていたら「使ってはいけない」と担任から注意された事だ。それまで子供は漢字に興味を持ち、学校で習うより先に自ら漢字の練習をしていたのだが、それからは一切しなくなった。本来なら「よくがんばった」と誉められるのが普通ではないか。個性を生かす教育とは正反対で、低レベルでの悪しき平等主義になっている。子供は学校では自分の名前すら漢字で書く事が許されないのだ。これでは学力が低下して当然だ。ぜひ改善してもらいたい。

自動車の運転に危険な曲

 英国の自動車関連の調査・プロモーション機関であるRAC Foundationによると、自動車の運転に危険な曲があるという。一般的に、60BPM(Beats per Minute)を超えるテンポの楽曲を聴くと、心拍数と血圧が上がるからだそうだ。次に危険な曲ベスト5を挙げる。クラシックが2曲もあるのが意外。
  1位:ワーグナー「ワルキューレの騎行」
  2位:プロディジー「Firestarter」
  3位:Basement Jaxx「Red Alert」
  4位:フェイスレス「Insomnia」
  5位:ヴェルディ「レクイエム」
 あと、モーターヘッド「Ace of Spades」も危険な曲だとの事。モーターヘッドはよく聴いているのだが、今のところ大丈夫だ。昔はディープパープル「ハイウェイスター」や「スピードキング」、「ファイアボール」などを聴いて車を運転していたものだが、意外と大丈夫らしい。
 逆に安全な曲は、バッハ「チェロ協奏曲第1番」や、ジョージ・ハリソン「ヒア・カムズ・ザ・サン」だとか。ジョージの「ヒア・カムズ・ザ・ムーン」はどうか?
 ちなみに、自分が昔、事故ったときに聴いていた曲は、甲斐バンドとか松田聖子だったりするのだが。。。
(以上、IT Mediaのページより)

マイクロソフトのコードにバグはない?

 一寸前の話になるが、FOCUS 誌 ビル・ゲイツ インタビュー を読んだ。ゲイツ氏曰く、「ぼくらがリリースしたソフトウエアには、多勢の ユーザが直してほしいと思ってるような重大なバグなんてない」、「もしきみがそれを本当にバグだと思ってるのなら(略)、 きみは適切に使ってないんじゃない?」、すべての PC ユーザが共通に感じる、このフラストレーションは どこからくるんでしょうという問いに対して 「それがクールだからだよ」。さすがと言うか。。。。唖然。

日本のスイッチ

毎日新聞のiモード用ページに「日本のスイッチ」がある。毎週8問の質問が出され、2者択一の選択肢から選んで回答すると、翌週その集計結果が発表される。毎回4万人強が参加しており、自分と同じ回答の人が何人いるかがわかる。
 まあ、回答を選べないような質問や、(毎日新聞の論調に合せた?)誘導尋問的な質問もあるが、割と楽しめる。1月3日の質問には41,849人が回答したが、私と同じ回答はたった21人しかいなかった。自分では今までの最高記録だ。変人ってことか? 次のような質問の回答が寄与したのだろう。
・昨年中に紀宮さまの婚約発表が間に合ったことにほっとした。(31%、13,065人)
・今年3月に開催の「愛・地球博」に言ってみたい。(24%、10,099人)
・年が明けた瞬間、実は寝てました。(17%、7,103人)

「冬ソナ」人気

 韓国でもあの「冬ソナ」が人気だそうだ。「韓国のKBSテレビが日本で大人気となった同テレビのドラマ『冬のソナタ』の再放送を始めたところ、深夜としては異例の17%を超す高視聴率を記録した」との事(産経新聞HPより)。
 去年の6月18日の東亜日報のオピニオンに、あのヨン様が取り上げられていた。
 オピニオンによるとヨン様の『様は日本の王族と貴族にだけ付ける極尊称』だそうだ。嘘つけ!DMの宛名にも「様」が付いているのは一寸調べたら誰にでもわかるぞ。論説委員の記事がこの程度だから新聞のお里が知れてしまう。
 また日本には「王族」はいない。「皇族」と書くべきだ。韓国は「皇」は中国の皇帝を指すので、いまだに日本の天皇を「日王」と呼び、蔑んでいるのだ(もしかしたら日本語訳の問題かもしれないが、そうではないと思う)。一国の元首の呼称を勝手に変えるとは、一般常識から考えて非常に失礼な国だ。
 オピニオンで日本の社会を「男女関係がますます乱雑で堕落していく」と言っている。失礼だ。世界一男女差別が激しいと言われる国(儒教国だから仕方がない)に、そのような事を言われるのは心外だ。『韓国で大衆文化に携わる人々のフレッシュな発想がアジア各国で熱い韓流を作り出した』という自画自賛はいつも通りだ。北朝鮮はもちろんだが韓国の出鱈目ぶりがわかる本は数多く出版されているので、後日紹介したい。東亜日報には時々トンデモない記事が載るので要注意だ。
 ついでに言うと、あの神戸大震災のとき、「ざまあみろ」とか「(日本は大丈夫と言っていたのに大災害になって)嘘つきだ」という報道をしたのは、世界中で韓国(と北朝鮮?)だけだ。人倫をわきまえていないのではないか。
 話を戻す。何の本に書いていたか忘れたが、中高年の奥様たちが「冬ソナ」に夢中になるのは夫から相手にされていないからだそうだ。我が妻は大丈夫だろう(多分)。
 「冬ソナ」はギャグとして見れば面白い。しつこい程繰り返される「すれ違い」。実は「血を分けた兄弟?」。記憶喪失。都合よく起こる事故。数十年前の日本のドラマや少女マンガで使い古されたネタばっかり。本気で見てる連中って変。登場人物も限られていて安い予算で作られているようだ。って、こんな悪口書いていたら、ヨン様ファンの女性達に怒られそうだ。でも大丈夫。自分は若い女の子にしか興味ないから(笑)。

「靖国と日本人」そして「戦後60年のけじめ」

 SAPIO 2/2号に、小林よしのり氏と法政大教授・趙宏偉氏との対談が載っている。靖国について意見が合わないのは予想通りだが、次のような中国の侵略戦争を容認するような正直な発言に驚いた。小林氏の発言以外にも、中国(中華人民共和国)は国家成立以来、朝鮮戦争に介入し、ベトナム、インド、ソ連と戦争や紛争を起こしている。アメリカと同じ侵略国家である。靖国問題(日本は何も問題にしていないのだが)を考えるにあたり、この対談はぜひ読むべし(以下一部抜粋)。

小林「戦争を発動したことに責任があると言ったら、中国がベトナムを侵略したときの戦争責任者はちゃんと処刑されてる?カンボジアだって、中国がポル・ポトに支援したのはとてつもない犯罪だよ。チベットの虐殺はどうなるの。台湾に対してだって、武力で脅してるじゃない。中国経済のバブルがはじけたら、国内の不満をそらすために、今度は台湾侵攻を考えたりする危惧はないの?
趙「あります。
小林「あるの!?あっちゃいけないよ。その辺を軽く言えるのが中国的だなあ。」
趙「中国経済は2008年の北京五輪、2010年の上海万博までは保つんじゃないですか。ただ、2010年以降は景気対策が必要で、それによってブッシュのイラク戦争のように胡錦濤の台湾戦争もありえます。」

January 10, 2005

梅小路蒸気機関車館

p506ic0002097426 10日(月)に、梅小路蒸気機関車館に行ってきた。家族連れが多く、にぎわっていた。SLスチーム号に乗った。これは本物のSLである。往復1km、約10分間のSLの旅(?)が200円(大人)で体験できる。
 音楽の教科書の世界でも、SLに関する歌が消えているそうた。横田憲一郎「教科書から消えた童謡・唱歌」(産経新聞社)によると、「汽車」(今は山中、今は浜~)がそうだ。他にも汽車の歌は、「汽車ポッポ」(汽車、汽車、ポッポ、ポッポ、~)、や同じく「l汽車ポッポ」(お山の中行く汽車ポッポ~)や、「鉄道唱歌」(汽笛一声新橋を~)などがあるが、今の子供たちは知らないのだろう。
 ちなみに、「汽車、汽車、ポッポ~」の方の「汽車ポッポ」で、「僕らを乗せて~」という歌詞があるが、元々は「兵隊さんを乗せて~」だったとか。他の童謡・唱歌でも戦後に変えられた歌詞が沢山ある。注意しないといけない。「鉄道唱歌」の歌詞は、東海道篇で66番まであるが、私は1番すら覚えていない。テレビのCMの影響で「トリブラ、トリブラ~」という替え歌の方が先に出てしまうのだ。
 参考:川崎洋「大人のための教科書の歌」(いそっぷ社)、長田暁二「覚えておきたい 日本の童謡・唱歌 名曲50選」(中経出版)

January 09, 2005

「財界人よ、靖國に行って頭を冷やせ」

yasukuni 小学館「諸君!」平成17年2月号に富士通名誉会長である山本卓真氏の論文が載っている。タイトルは「財界人よ、靖國に行って頭を冷やせ」である。なかなか歯に衣着せぬ論調がよい。
 「中国・韓国以外の国々は、アメリカをはじめ、首相の靖國参拝に口を出していない。」
 「中国共産党は、チベット、ウイグルに住む人々に対してどんな仕打ちを現在までやり続けてきているのか、少しは自省してみるべきでしょう。自国民に対しても、『大躍進』や文革で多くの苦しみを与え何千万もの死者・餓死者が出ているというではありませんか。」
 「まあ、中国に媚びへつらう某新聞は購読を拒否し、NHKには金銭スキャンダルを理由とするのではなく、そういった理由から受信料不払い運動を展開してもいいのではないですか。」
 「(平成十三年)五月十三日に朝日がインターネット版「アサヒ・ドットコム」で参拝の賛否を問うアンケートを行なったことがあった。(略)。何と朝日の調査だったのに、参拝賛成が六十六%で、私的参拝なら可も入れると七割を越えていた。(略)。突然閉鎖されてしまったことがあった。(略)。非常に作為的なものを感じました。」
 「戦没者を追悼するという国家の当然の義務を一部外国の容喙に屈して国家が果たさないような事態が生じたら、その時、国民もまた国を護る使命感を喪失し国家は衰亡していくことは歴史の必然と言えます。」

 私は昨年初めて靖国神社を参拝してきました。境内にある遊就館には幕末・明治維新から大東亜戦争までの資料、武器、祭神の遺品などを展示してあり、大東亜戦争が自存自衛のための戦争であったことが明らかになる。就学旅行でどんどん見学するべきではないかと思う。原爆ドームに行って自虐史観にひたっている場合ではなかろう。
 靖国神社やすくにの祈り編集委員会「やすくにの祈り」(産経新聞社)は、写真が豊富で、見るだけで日本の近代史(日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、支那事変、大東亜戦争)がわかるという本。また、遊就館の売店に打売っている「遊就館図録」は買って帰りましょう。

January 08, 2005

「インベーダー攻略法」の本

Invader 「インベーダー攻略法」という本を見つけた。1979年発行で、ゲーム攻略本のハシリではないか。インベーダーのやっつけかたやUFOの打ち方、名古屋打ちの方法など、たくさんの画面写真付きで紹介してある。写真を撮るのが大変だっただろうなあ、と思う。
 初めてインベーダーゲームをやったのが中学生の時、八日市の西友のゲームコーナーだった。600点ほどしか取れず、1面すらクリアできなかった。当時インベーダーゲームが大ブームで、タイトーは大儲けしたと思われるが、任天堂の山内社長(当時)はTVで「遊びなんだから(著作件にこだわらず)みんなで使ったらいいじゃないか」というような発言をしていた(NHKの「新・電子立国」でも放送されていたような。。。)。が、ファミコンで大成功したら、正反対のことをするんだから。
 いまさらこんな本手に入れても利用価値は低そうだ。どこでゲームをしたらいいのか。エミュレータを使うという手はあるが(http://www.mame.net/など)、どうせならゲーセンで腕を自慢したいしねー。
 高校2年生のとき、「インベーダーが斜め上から飛んでくるゲームがある」というのを聞いて、やり始めたのがナムコの「ギャラクシアン」だ。当時は最高で25面までクリアできた。それからずっとナムコファンである。

January 07, 2005

日本はそんなに悪い国なのか

 上坂冬子「日本はそんなに悪い国なのか」(PHP研究所)を読んだ。
 なぜ首相の靖国参拝がいけないのか(反語)、東京裁判はでたらめだ、ということがわかりやすく書かれている。
 本書の目玉は、後半の対談、特に瀬島龍三氏、山本卓眞氏との対談だ。瀬島龍三氏の話で、東条英機はA級戦犯で極悪人のように思われているが、実際はそうではない事がわかる。
 もっと知りたい人には、岩浪由布子「祖父東条英機『一切語るなかれ』」(文春文庫)や、保阪正康「東条英機と天皇の時代(上、下)」(文春文庫)をどうぞ。
 山本卓眞氏は、神道は日本のパブリック・レリジョンであると言う。私も同感だ。我々日本人の生活の中に、神道や神道的な考え方が入り込んでいる。まず、どの家の近所にも神社がある。そして、宮参り、七五三、結婚式、初詣、厄除け、お守り、等々、生活と神社との関わりがある。
 「言霊」とか「穢れ」といった考え方は神道によるものだ。何だそりゃ?という人が多いと思うが、大抵の日本人が身に着けている考え方である。言霊とは、人が口に出した言葉は現実化するという考え方だ。たとえば、小学校で明日は運動会という時に、走るのが遅い奴が「明日、雨が降らないかなー」と言ったら、次の日雨が降って運動会が中止になってしまった。このようなとき、「お前が『雨が降らないかなー』って言ったから、本当に雨が降ってしまったじゃないか」と言ったような経験はないか。また結婚式の時、「切れる」とか「終わる」といった言葉を使わないようにしているのはなぜか。言上げして祝詞をあげたりするのが神道である。
 次に、大抵の家では、家族一人一人に自分の茶碗や箸が決められているのではないか。別の人のと間違えて使ったら「汚い」と思うのではないか。食事の後は茶碗や箸をきれいに洗うにもかかわらずだ。いくら洗っても落ちないのが「穢れ」だ。穢れを祓い清めるのが神道である。
 これらについては、井沢元彦「言霊―なぜ日本に、本当の自由がないのか」(祥伝社文庫)や、同「穢れと茶碗―日本人は、なぜ軍隊が嫌いか」(同)を参考にどうぞ。
 話が大きくそれたが、靖国に替わる平和記念碑や追悼施設は不要だ。上坂冬子氏は、靖国神社が宗教法人だから平和記念碑建設に賛成のようだが、私は承服しかねる。神道は日本のパブリック・レリジョンであるからだ。また宗教色のない追悼施設などありえない。というのは、科学的に考えればヒトは死んだらそれでおしまいだ。霊魂も糞もない。宗教があるからこそ死者の霊を祀ることができるのだ。

危険な中国製食品

 食べ物に関して、「SAPIO 2/2号」(小学館)の「中国三面記事」という記事に面白い記事があった。今までも輸入野菜から基準値を大幅に超える残留農薬が検出されたりしているので、中国食品は食べてはいけないと思っているが、そもそも衛生観念がないのね。中国には。以下抜粋要約。
 臭豆腐という豆腐にカビを生やした食べ物(沖縄の豆腐ようみたいなものか)があり、美味だが糞尿の臭いがする。ある業者が発酵を早めるため、豆腐を糞尿に漬けていた。
 ある餃子工場では、くわえ煙草で餃子を作り灰を落とし、トイレに行っても手を洗わずそのまま挽肉をこねる。
 干物工場では、魚に集まる蝿に殺虫剤をまき、殺虫剤まみれの干物を作っていた。
 フカヒレ工場では、漂白剤にフカヒレを漬け込んでいた。
 彼等には衛生観念がないのだ。何故なら自分で作った食品を平気で食べているのだから。

「ファストフードと狂牛病」を読んだ

 続けて、エリック シュローサー「ファストフードと狂牛病」(草思社)を読んだ。印象に残った内容は次の通り。
 「ファストフードが世界を食いつくす」の続編というか後日譚。屠殺工場の作業員が負傷してもろくに補償されない。十分な補償を得るには、訴訟を起こして勝つしかない。
 アメリカで飼育される牛の大部分は、牛や豚、鶏のくず肉などを食べている。狂牛病対策の為牛肉はやらないようになった。
 アメリカではドッグフードやキャットフードを作るときに、犬や猫の死骸を混ぜている。
 日本の雪印の話や、日本で狂牛病が発生した話もある。企業や官僚が消費者の方を向いておらず無責任であったことを証明している。

「ファストフードが世界を食いつくす」を読んだ

 エリック シュローサー「ファストフードが世界を食いつくす」(草思社)を読んだ。米国産の牛肉は買ってはいけない。危険である。以下に、印象に残った点を要約する。
 マクドをはじめとするファストフードが、調理場を工場にしてしまった。腕のたつ料理人は必要ない。決められた作業工程ごとに単純作業が出来ればよいのだ。すなわち、工場で冷凍された食材を焼いたり揚げたりすればよいだけだ。未成年のアルバイトに店を任せることができ、その結果として低賃金で高い利益を得ることができる。
 工場は大量の牛肉や買い込み、加工して、ファストフード店に納入する。牛肉、鶏肉、ポテトの工場は、アメリカ国内でそれぞれ数業者の寡占状態で供給農家は限りなく安く買い叩かれている。従わなければ買い取り先がなくなってしまうからだ。安く仕入れて加工した食材は、ファストフード店に安く提供される。店で約2ドルで販売されるフライドポテトの原価は、ほんの数セントだ。コーラの原液も同様だ。マクドなどのファストフード店はビッグサイズの商品を割安にして顧客に提供しているが、原価はほとんど増えない。消費者は店に薦められるがまま、大き目のサイズのハンバーガやポテト、コーラを買う傾向にあるので、アメリカは世界一の肥満国になってしまった。
 牛肉工場では、1分間に8頭の猛スピードで牛が屠殺される。ショックガンで気絶させた牛がコンベアに吊るされ、作業員が流れ作業で牛を解体する。足元は牛の血で一杯で非常に滑りやすい。作業員は鎖でできた作業着を着用しているが、ナイフやノコギリ、粉砕ローラなどでの怪我が絶えない。一般の工場の3倍の怪我人や死者が出る。作業員の3分の1は移民で、国内最低レベルの賃金で雇われている。
 衛生状況も劣悪だ。牛から内臓を取り出すとき、糞便があふれ肉に付着する。アメリカでは、毎年百万人単位で食中毒患者が出て、数十人が死亡する。牛肉がO157に汚染したことは何度もあるが、政府は牛肉を回収させる権限を持たないので実質的に野放し状態だ。
 非常に驚く調査がある。アメリカの家庭で糞便由来の菌を測定したところ、トイレの便器の中よりも台所の流しの方が多かったという。
 ファストフードでは、どの店で食べても同じ味になるように食材が工場で加工される。1つのハンバーグは数万頭の牛の肉から出来ているのだ。もしそのうちの1頭がO157や狂牛病にかかっていたらどうなるか。たちどころに広まってしまうのだ。

朝日新聞での、女児誘拐殺人事件の報道について

朝日新聞での、小林薫の女児誘拐殺人事件の報道について気になった点がある。(関西版?による。実物が手元にないので記憶に頼っている。)

 小林薫が逮捕された翌日(平成16年12月31日)の記事で、有識者の意見として、「至急精神鑑定をして責任能力の有無を調べる必要がある」旨を載せている。責任能力なしなら無罪だが、朝日は加害者の人権を守るためにそれを望んでいるようだ。反対の意見を載せていず、被害者の両親の「極刑を望む」という意見も載せていないからだ。

 元旦(平成17年1月1日)の記事では、「小林容疑者をあぶり出した携帯操作の威力は抜群だった」と書いているが、携帯電話の逆探知について発信場所も重要な個人情報だから、慎重に行なうべきであると捜査方法に否定的である。普通に暮らしている大多数の国民には疚しいことなどないので、警察に逆探知されようが盗聴されようが一向に構わないのだが。

 ちなみに、読売や産経を読んでも、上記のような記述は全くなかった。
 気にしすぎだろうか。

まだこんな本出版してるのか

p506ic0001638667 平成16年12月26日、草津市の本屋で、「現代社会がわかる」と銘打って、本多勝一「中国の旅」(文庫本)が平積みされていた。共産党独裁国のいうままを書いた本で、「百人斬り」など事実無根の記述がある。まだこんな本を出版しているのかという驚きと、著者・出版社の無責任さを感じた。こんな本を読んでも、現代社会などわからない。(ちなみに私はだいぶ前に読んでいる。)
 栗本薫が世界一長い小説「グイン・サーガ」(現時点で文庫本98巻)を書いているが、94巻のあとがきで本多勝一氏について触れている。
 『堀江謙一さんのヨット世界一周について、こないだ本多勝一さんの大昔のエッセイを読んでいたのですが、それを中傷して「本当に一周したかどうかわかるもんか」などという発言があったというのはその本ではじめて知りました』(「グイン・サーガ94 永遠への飛翔」あとがきより)
 堀江謙一の話は信じなくて中国共産党の話は無条件に信じて日本に伝えるのだからねえ。
 本多勝一という人、「本多勝一集」という著作集を出しているが、その第1巻は、なんと自分が小学生の時に書いた自筆の文章をそのまま本にしているのだ。小学校の文集じゃあるまいし。。。作家って、そんな子供の頃の文章を本にしようと思うのかねー、普通。

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